どうもメカメカです。
信頼って何?って聞かれたときにすぐ答えることはできますか?
これが意外と難しいメカ。
辞書によると
デジタル大辞泉の解説
そりゃそうだろうよ!と言いたくなったのはメカだけ?
何をもって信じるんだろう?
僕の信頼しているものを上げてみようと思います。
親、友達、iphone、お金、法律・・・
形あるものからないものまで様々ですね。
親は無条件で助けてくれるし、友達は変わらずいいやつだし、iphoneは使いやすい。
お金は生活の基盤だし、法律は守らなければいけない皆のルール。
どれも信頼のベクトルが違いますね。
基本的に不変の物。関係性が一定の物・・・という感じがしますメカ。
では、関係性を形作る要素はなんでしょうか?
端的に言えば実績になると思います。
実績とは個人、または組織が積み重ねてきた行為です。
人気ライターの人は有益な情報を発信し続けている実績があります。
法律は社会生活を円滑にしてきた実績があります。
友達は励まし助け合ってきた実績があります。
お金は経済を回してきた実績があります。
そしてそれは、他者との関係の中での相対的なものです。
みんなが信じるから信頼されるということですね。
つまり、独りよがりでは信頼されません。
そして面白いことに信頼する者がある一定の数を超えるとその関係性は概念となって独り歩きを始めます。
いわゆる口コミ効果というやつですね。
信頼は他者との関係の積み重ねから生まれると先ほど話しました。
じゃあ、動物の中に信頼関係はないのか?みたいな話になるんですけど、これはハッキリ言って動物は信頼をしないしできません。
動物は基本的に自分の利益を損なう行為を積極的に行いません。
ボランティアという概念は動物界に存在しないんです。
自分の利益を損なってでも他人に尽くす行為こそ、信頼という概念を表現する良い例です。
人がここまで発展してきたのは利害を超えて他人に尽くすことが種族全体の発展や貢献に繋がることを知っているからです。
しかしながら信頼を可視化することは簡単ではありません。
なぜ簡単ではないのでしょうか?
現代の信頼が可視化されている例で言えば、
逮捕された人たちがいく留置所は信頼の可視化の例です。
といっても、これは信頼のない人達、勝手なことをする人たちが可視化されているに過ぎないので、より信頼のできるものを可視化することには向いていないシステムです。
信頼のない者は信頼ある社会と隔離されます。
それは当然の結果ですよね。
ですが、イレギュラーなケースがあります。
例えば、ある集団の中でモラルに反した利益を稼ぐ者が現れたとします。
利他主義では、そういった人たちに太刀打ちできない。
なぜなら、法律がそれを容認しているからですね。
つまり、実績のない行動に対して現代社会は非常に弱い側面を持っています。
新しい行動、それが良いことであれ悪いことであれ対処する術がないのです。
信頼は利己主義からは生まれない。利他主義から生まれる。
ということが分かってきたと思います。
ということは資本主義は資本のための活動になるため、モラルハザードな状態に陥りやすい。
もし、ALISというメディアが本当に人の信頼を可視化することができたとしましょう。
その場合、世の中はどう変わっていくのか。
ALISによって信頼が可視化され信頼のないものは淘汰されていくことになりそうです。
信頼主義の社会では利己主義は息をすることができません。
当然ですよね、その行為は可視化されていくわけなので信頼のない人は社会に溶け込めません。
次に、新しい挑戦が歓迎されていくでしょう。
信頼のある人の挑戦はいつの世も歓迎されます。
その個人の背景を知る術がない以上、その人の信頼度を測ることが難しいことは皆さん良く知ってのことだと思います。
ここが可視化されるようになれば、よりエネルギッシュな世界が僕たちを待っているかもしれません。
それじゃあ今日はこの辺で。
また見てメカ★
Writer メカメカ