年も暮れのある早朝。
モロッコの古都フェズを発ち、山岳地帯へと続く道を飛ばす。目まぐるしく変わる風景。グランドキャニオンも顔負けの岩山が出てきたかと思いきや、スイスと見紛うほどの美しいリゾート地帯、そしてオリーブが生い茂る田園地帯が現れる。
豊かな国だなーー。
ぼんやり外を眺めていると、突然ドライバーが減速した。
視線の先には3人の男たち。
「また警察だよ」
うんざりした顔で呟くドライバー。
割といい値段で雇っただけのことはあってか、彼の運転は非常に慎重。警察スポット&道中の絶景ポイントは熟知しているし、運転中の気遣いも完璧。ドライバーになってもう5年目、ずっと同じ道を案内し続けているらしい。
これは持論だけど、こういうところで下手にケチらないほうがいい。日本の旅行代理店が提供するぼったくりツアーは論外だけど、安さだけで選ぶとセキュリティとバーターになる。つまりあなたの命と引き換えだ。
ツーリズム用の書類をちらりと見せただけで、警察は何も言わず通してくれた。
「以前はこの辺りも物騒だったんだ」
夜は武装集団に襲われるツーリストが後を絶たず、通行人は腕を切られiPhoneや時計を盗まれていたとか。南米でも同じエピソードを聞いた。治安が悪いとどこもやることは同じなんだな。
「現政権が警察配備を強化してから、ガラッと変わったのさ」
たしかに、道中これでもかと警察が待ち構え検問を仕掛けてくる。これではなかなか犯罪も起こしにくいだろう。
「じゃあ、王様は良い人なんだね?」
少し、踏み込んでみる。
うーん、まぁ良い王様だよ。でもいろいろあるさ。
そうだね、誰だっていいところとそうじゃないところがあるね。
言葉に気を付けながら話す。
この国で下手に王政を批判しては、反逆罪で捕まりかねない。
「そう、そうなんだよな」
ドライバーが話にのってきた。
誰だって、いいところもあれば、ちょっとあれなところもある、そう、その通りなんだよ、、、
「そういえば、あなたベルベル人?」
おーわかった?俺、ベルベル人だよ!
テンションが上がるドライバー。
「でさ、王様はアラブ人だよね?」
さらに一歩、踏み込む。
"you touch the heart!!!"
テンションが上がるドライバー。
ここから約3時間にわたり、私はドライバーの愚痴を聞くことになるのだった。
彼はベルベル人、内陸部の出身だ。
モロッコというのは非常に複雑な歴史を持つ国で、先住民族だったベルベル人から始まり、ゲルマン民族、バンダル人の支配、アラブ人の侵略、ベルベルの復興、帝国主義時代にはフランス、スペインに支配されてきた。
現在も国家の支配者層はアラブ人である一方、人口の約30%はベルベル人が占めている。お隣のアルジェリアですらこんなにいないのだ。世界最大のベルベル人国家といえるだろう。
しかし、アラブ人とベルベル人の軋轢は大きい。
元をたどれば植民地支配のために対立を煽ったフランスの責任は重いと思うのだが、それは歴史の中に置いておくとして。
最も象徴的なのが言語だろう。現在でもベルベル語は公用語として認められていない。公の場で使うことができるのはアラビア語(フスハ)のみだ。ドライバーがあげた第一の不満もこれだった。
次第に景色から緑が無くなってきた。
途中、小さな街で昼食をとる。
すでにモロッコ料理に飽きていた私は、ピザを注文。
店員は全員ベルベル人だ。
内陸部は非常にベルベル人比率が高くなる。それもそのはず、経済活動が活発なカサブランカ、ラバド、マラケシュ、といった湾岸部の都市は全てアラブ人に抑えられているのだ。ベルベル人は生活の厳しい砂漠地帯に留まらざるを得なかった。
「みんなモロッコのこと、アラブの国っていうんだ」
「でも違う、この国はベルベルの国なんだ」
誇り高きベルベル人が話し続ける。山岳地帯はすでに抜けた。どこまでも真っすぐ続く道を飛ばす。
「さぁ、俺の街だよ!」
指さす先に砂漠が見える。
あぁ、彼は本当に砂漠の民なんだ。
随分遠くに来たものだなぁ、などと思いながら車を降りた。
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MALIS