(前へ)
時は過ぎ、街はクリスマス一色となった。
最近は「変化する力に欠けた日本」などと揶揄する者が多いが、ハロウィンから一夜でクリスマスモードにチェンジするこの街を見ているとまだまだいけるんじゃないかと感じる。
「そろそろ客先移動の時間です」
しょうもない思いを巡らせていると、隣の部下が声をかけてきた。
さてと、気合を入れるか。
相次ぐ仕様変更で混乱に陥った我らがシステム開発プロジェクト。
残念ながらこちらの危機的モードはチェンジしておらず、慢性的に緊急事態が発生している。慢性的に緊急事態ーー。矛盾した日本語だが事実だ。
そして更に残念ながら俺がそのプロジェクトのマネージャー、ってわけだ。
「タクシー呼びますか?」
正直、タクシーに乗る余裕などこのプロジェクトにはない。先日も役員に呼び出され赤字垂れ流し過ぎと詰められたところだ。責めるなら無茶な要求をのんだ営業だと思うが、どんな無茶ぶりだろうと開発フェーズに入れば責任は開発に移るらしい。
いつものことだよ、織り込み済みさ。
クールに頷いた。
「なんとか、なりますかね」
流れる景色を見つめながら、ぼそっと部下が呟く。
赤字を垂れ流しているとはいえ、スケジュールは僅かな遅れの発生のみ。何とかこなせてしまうから客もつけあがるんだよな、「お前ら、まだいけるじゃねーか?」ってさ。めんどくせぇが仕方ない。
そう、全てが織り込み済だ。仕様変更も、スケジュール遅延も、何度もこなしているうちに予定調和に思えてくる。恐るべしシステム開発現場。
伸びをし、隣で資料を用意する部下に話しかける。
「あれ、ちゃんと仕込んだか?」
「なめとんのか!」
前方から怒号が飛ぶ。
「何度言ったらわかるんだ!!!」
あーあーまた始まったよ。あくびをかみ殺し、横でわなわなと震える営業部長をちらっと見る。フェーズは既にテストに入ろうとしているが、不信感が募る客は営業を離そうとしない。かくしてやることもないのに、今日も営業は横に座る。
(震えているのを見るのが楽しいのか?)
客の性癖を思わず疑う。
当たらずとも遠からずだろう。
「何度目なんだよ!最後の棒はとれって言っただろ!」
「コンピュータだよ!コンピューターじゃないんだよ!!!」
一括変換で対応できるのだが"敢えて"していない。これも織り込み済だ、お客様との戯れ用のな。
後で徹底しておくか。
「で、線表はどうなんだ!?」
さぁて、来たぞ。
(一応解説すると線表=スケジュールだ)
「こちらでございます」
パワポを配布する。
スケジュール確認にパワポ?しかも印刷して?と思った君、さてはまだまだひよっこだな? 俺も以前はプロジェクト管理ツールをスライドに投影し説明しようとしたものだ。そのたびに顧客は激高したのだ。
やむ得ず予実管理表をエクセルに落とし込み、印刷して配布。これまた「小さくて分かりづらい!パワポにしろ!!!」とお叱りをうけた。
よって今は、プロジェクト管理ツールの予実管理表をエクセルに落とし、それをパワポに貼り付けて、印刷するという鬼運用に落ち着いた。まずはここからシステム化したいものだ。
「ふむ、、、」
真剣な眼差しでクソパワポを眺める顧客。
「数日の遅れは生じておりますが、テスト開始までに取り戻すことができると考えております」などとスラスラ説明する部下に、不満そうながら頷く顧客。
ふと、先方の主査が怪訝な顔をする。
少し考えこんだ後、足元から大きなファイルを取り出した。パラパラとめくり以前のパワポ資料を眺める。全部印刷してファイリングしているのかよ、自然環境に悪い奴らだシステム開発担当とは思えんな、、、ってそんなことはどうでもいい。
(気が付くなよ、、、)
緊張が走る。
主査は前回資料を眺め少しフリーズ、最終的には納得した様子。
「では今日の指摘事項は全て修正しておくように!」
「来週までに全て直せよ!」
全く手がかかる奴らだ、、、ぶつくさと文句を口にしながら退室しエレベーターに乗る顧客を一同最敬礼で見送る。
「ふぁぁあああああああ」
気配が完全に消えたところで顔を上げ、盛大にあくびをした。
「うまくいきましたね!」
嬉しそうな部下。
まぁな。しかし危なかった。
そう、あのパワポには仕掛けがあった。ハード調達の遅延が明るみになって以降、毎週の定例会で予定のバーを少しづつずらしているのだ。顧客の要望で粗目のスケジュールを手打ち作成しだしたのもこの工作を可能にした。
「塵もつもればってな」
おしりが合わなきゃ意味ないだって?
いいか?プロジェクト途中に些細な遅延で数時間にわたり恫喝され遅延対策の資料を書かされるこっちの身にもなってみろ。さらなる遅延が発生しかねないどころか確実に発生する。
秘儀・パワポずらしでおとなしくしてもらえるなら、取る価値のあるリスクってやつなんだよ。こんなことPMPじゃ教えてくれないだろ?
「とはいえ、まともな開発もしたいぜ」
今日もコンビニ弁当かよ、不服に思いながらも自社に戻り、いつものように毛布の散らかったフロアを通り抜、、、、
「なんじゃこりゃ?」
眼前の光景に目が点になる。
机に置かれた大量のリポD、その横には日本酒の一升瓶があった。
MALIS
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※ コンピュータ vs コンピューター
カタカナの伸ばしを省略する文化は技術系に広く受け入れられている。戦前から脈々と続くこの文化、活字の節約という側面もあったようだが、、、はっきり言ってどっちでもいい。
※ 手作り予実管理表
プロジェクトの予実管理についてマイクロマネジメントに陥る顧客は多いのだが、なぜか管理ツールの画面を共有しても納得せず資料を作り直させることも多い。無駄な作業を生み出す天才だな。