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「あんな客相手に黒字化は無茶です!」
ここは自社ビル最上階の役員室。美しい調度品に似合わぬ営業部長の金切り声が響き渡る。対する役員、「やれやれ、、、」わざとらしくため息をつきカマキリのような眼を向ける。
「それをなんとか出来るのがお前だと思ってたんだ」
怯む営業部長、訪れる静寂。
震える手を握りしめ、役員を見据える。
「せめて、せめて陣中見舞いは豪華に」
「現場が付いて来ません!」
「炎上中の開発現場にこれを!?」
「なめてんのか?あぁ?」
役員からの陣中見舞い、それはまさかの日本酒一升瓶。この「事件」にぞろぞろと集まりだすSEたち。わが社の役員、脳に何詰めてんだよ、、、
「PM、何とかしてくださいよ!」
俺?俺に何とかしろだって?俺はこの燃え上がる開発現場のプロジェクトマネージャー略してPM。何とかできるならとっくにしてるさ。
「もう、限界です」
小さく呟き社内電話の受話器をあげる女性SE、わがチームのエースだ。
「おいエース、お前何を、、、」
エースが無表情のままこちらを向く。
「"輝く女性!キャリア支援"とかいうクソ施策ご存じですか?」
あ、あぁ。わが社は女性比率が驚きの7%、それを何とか引き上げ女性を活用しようとかなんとか、、、お前はその施策のモデルケース的立場だからな、会社としても目立たせたくて仕方がない、入社から面倒を見ている俺としては誇らしく、、
「つまり、私の立場は無双」
あ?
怪訝な顔を無視しエースが電話開始。
「もしもし、役員と話が、、ぇ、外出?」
おい
「じゃあ伝えてください」
おい
そして俺は、急激な体温の低下を自覚した。
「さてと、、、」
気を取り直そうか。
また昇る太陽に目を細める。
昨日は「一升瓶事件」あらため「エース発狂事件」で心を乱されたが仕方あるまい。俺が教育をしたのだ。俺に似たのだろう。一升瓶は取り急ぎ隣の島の開発下請けに押し付けた。
営業部長は相変わらず顔が青かったな。戦犯とはいえさすがに心配にもなる。
「テスト、今のところ上手くいってますね」
ふむ。
開発環境にアクセスする下請け会社を遠目に見つめる。当初のクラウド提案を「データベースは自社で持つに決まっている!」とくつがえされ危うくハード調達が間に合わないところだった。何とかなったのは奇跡、いや秘儀パワポずらしのおかげか。
今どき自社保有にこだわる企業、、、実は結構いる。
「なのにセキュリティには金かけないんだよなぁ」
無駄なテストは増えるわ、やってらんねぇよ。
気だるく伸びをしたその時だった。
ベートーヴェン、交響曲第5番が室内に響き渡った。
「うぉぉ!」
大音量に思わず横の部下がしりもちをつく。
「おぉおぉ」
「まだ続くのか」
電子音にしちゃクオリティが高いな、、、
って、違う、違う。
我がチームでは、各種トラブルの切り分けができるようエラーのレベルによって警告音を変えている。この古臭い基幹システムが最初に作られて以来の文化らしんだが、例えばちょっとしたエラーならヒヨコの鳴き声だ。
♪ピヨピヨ、ピヨピヨ♪
そう、客に伝えるまでのないレベル。
次が♪ワンワン♪、その次が♪ピーポーピーポー♪だったかな?
そして随分すっとばして、ベートーヴェン交響曲第五番「運命」、当然のことながら最終形態だ。
そう、この曲が、
「運命」が流れるってことは、、、
MALIS
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