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「おはようございます」
「おはようー」
某SIer、開発チームの朝。
机の下にひかれた布団から、のそのそとSE達が起きだす。
また一日が始まってしまうのかーー。
陽の光が指す方向、すなわちフロア東奥を睨みつける。
戦犯ははっきりしていた。
営業部長、てめぇ。。
俺は開発チームのプロジェクトマネージャー。
覚えているかな? 営業部長とともに、会議室幽閉事件を切り抜けたものだ。
いや、切り抜けてはいない。
あの時の営業部長の狼狽ぶりよ。
思い出すだけで、怒りと笑いと呆れが全部乗せ丼状態だ。幽閉経験もなくSIerで最速昇進していたとはな。わが社では営業・スタッフ部門を歩く者たちの昇進が早いとは聞いていたが、見直したほうがいいんじゃないか。
「なぁ、シャンプーあったっけ?」
うーん、ないですねー。
食器用洗剤ならあったかも。
あくびをしながら部下が答える。
ふむ、そろそろコンビニでシャンプーを買う時期か。
「おはようございます。。。」
ぼんやりとした顔で女性SEが出社してくる。
昨夜、意地でも帰ってシャワー浴びます!宣言をしてタクシーに乗っていったが、自宅滞在時間は何時間だったんだろうか。
シャンプーの前に、近くにホテル確保が必要かな。
ため息は深まり、戦犯への怒りは募るばかり。
SEが忙しい、と言ったって設計段階ではコーディングをしているわけではない。
わかりやすい作業としては
・設計資料作成
・顧客への説明
・議事録作成
だろう。
要件が定まっていれば、実現に向けたシステムの設計をすればいいだけ。何が難しいんだ?と思うあなた。
そうだね。
要件を決めて、システム設計に落とし込んで、、、逆戻りできないことからウォーターフォール型開発と呼ばれるこの手法。川の上流から下流に水は流れる、下から上には流れないだろ?
でもね、いいかい?
この世には、説明のつかない現象が存在する。
そうなんだ、川はしばし逆流し、
定義された要件はしばし覆されるんだ。
しばしどころじゃねぇな。
顧客達の顔を思い浮かべる。
幽閉野郎どもは腹がたつが、客は客で、現場スタッフからシステム化方針への不満、ITを分かっていない他部門役員からの茶々入れなどで、ひっかき回されているんだろう。
システム開発は、発注するものも受注するものも負荷が大きすぎる。
開発手法を変えたらいい?
そんな簡単な問題じゃないんだよ。業界の構造的な問題だよひよっこども、だいたいだ、、、って、この話はまたの機会にしようか。
ようやく営業部長が出社してくるのが見えた。
光の加減のせいか、顔が青白く見える。
「あいつ、秋の連休に休もうとしてたらしいぞ」
人にこれだけ仕事おしつけといて、いい身分だよ。
古参SE達が笑う。
笑うのも無理はない。
幽閉を繰り返すクライアントから逃げるように部長が休もうとし、営業・開発チーム双方から顰蹙を買っていたころだ。
営業主査が、同じ時期に休みを申請した。
「彼女と海外旅行に行く約束があるんです」
「仕事とどっちが大事だって???」
「彼女に決まってるでしょう!」
よく言ったぞ、若者よ。
社員には休暇をとる権利がある。
しかし営業部長よ、
悪魔に魂を売ったお前は別だ。
「ぼんくら部長が」
「ここまで来たら逃げられぬ」
「開発の現場をしかと見ておけ」
炎上確定案件の切り抜け方、教えてやろうーー。
紙パックの野菜ジュースをすすりながら、目を細めた。
MALIS
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※机の下に布団
炎上中SEの基本装備だ。なお、より静かな環境が必要な方は段ボールを切り抜いて頭をつっこむと広がる暗闇 So Good。
※ウォーターフォール型開発
古い開発手法だが、今も大型システム開発案件では健在。なお、システム開発における常識として、逆流しない川はない、とお伝えしておこう。