≪この記事の要旨≫
医者たちももっと主張をすりあわせればいいのに。モンテッソーリとシュタイナーの議論を求む。エビデンスは何処だ。 狼少女の伝説を鵜呑みかよ。ルソーの罪。パパママは情報産業の餌食。身近な先生がたも素人同然。情報の質の向上に期待する。
子供ができて父親になったころから、御多分に洩れず、子育ての不安に取り憑かれた。
本の虫である私は、その不安を解消するために、とにかく育児や子育て関係の本を読みまくった。
そんな中で、ふと気付いた。
専門家によって、言っていることが違うことに。
たとえば、卒乳だ。
乳幼児の授乳をいつやめるかという問題について、ある歯科医は、「虫歯の原因になるので、なるべく早く卒乳せよ」という。
一方、別の小児科医は、「卒乳を急ぐ必要なし。求めるだけ与えるべし」と言う。
いったいどっちが正しいのだろう?
こんな例は珍しくない。
文字教育について見てみよう。
モンテッソーリ教育では、3歳ごろが文字を学び始めるいい時期だとしている。
一方、シュタイナー教育では、7歳までは文字を学ばせてはいけないという方針なのだそうだ。
今3〜6歳の子供を抱えている人は、どうすればいいのか?
モンテッソーリに従って、字を教えればいいのか。それとも、シュタイナーに従って、文字に触れる機会を制限すればいいのか。
いっそのこと、この両先生に、直接議論して欲しかった。
いろいろな説を見聞きして、最初のうちは、「どっちが正しいのだろう?」と思っていたのだが、だんだん別の考えが起こってきた。
それは、「どの専門家も、たいした根拠もなく、主観的な意見を言っているだけなのではないか?」ということだ。
つまり、相反する意見のうち、いずれか一方が正しいのではなく、どちらもただの私見なのではないか。
もちろん、どんな分野であれ、専門家の意見が割れることがある。
つまり、まだ定説がない場合だ。
ところが、子育ての専門家たちは、たんなる個人的な見解を、客観的な事実であるかのように語りたがるのだ。
別の言い方をすれば、エビデンスに欠けた情報が多いということだ。
エビデンスというのは、ざっくり言えば「科学的根拠」のことだ。
客観的な信頼度のことを「エビデンス・レベル」と表現したりもする。
しかし、子育て情報の世界には、このエビデンスのエの字も出てこないことがほとんどなのだ。
専門家は、自分の主張に裏付けがあることを示さなければならない。
それが、思い込みや、勘違いや、妄想ではないと、きちんと説明できなければならない。
しかし、概して子育ての専門家は、それを怠っている。
それは「諸説あり」ということで済まされるレベルではない。
ーー子育ての専門家の多くが、「根拠はないが、俺の言う通りに決まってる」という、そんないい加減な言説を撒き散らしているーー。
私はそう疑っている。
子育ての専門家の言う内容は、意外に粗雑で、適当だ。
つくづくそう思ったのは、日本の幼児教育の世界では非常に有名な、ある専門家の本を読んだ時だ。
小さな子供を持つ家庭や、幼稚園・保育所のスタッフ向けに書かれたその本は、優しい語り口と読みやすさで、ロングセラーとなっている。
その本を読むと、言っていることに一貫性がないと思われる場所が散見された。
それは多すぎるので割愛する。
何よりいぶかしく思ったのは、狼少女の物語(アマラとカマラ)を、まるで事実であるかのように引用していたことだ。
ご存知の方も多いかと思うが、狼少女というのは、ある種の都市伝説である。創作だという指摘もある。
それを事実であるかのように引用するのでは、資料を解釈する力を疑われても仕方がないだろう。
日本の幼児教育の権威ともあろう人が、こういうレベルだったのだ。
こうした根拠なき言説は、今に始まった事ではない。
近代教育学の祖であるジャン・ジャック・ルソーの言動からして、相当にいい加減だ。
ルソーが自ら子育てをせず、次々と生まれた子供を孤児院に入れたというのは有名な話だ。
そのルソーが、著書「エミール」の中でこう言っている。
父としての義務をはたすことができない人は父になる権利はない。
ーーーエミール(上)岩波文庫より抜粋
言行不一致とは、まさにこのことだろう。
ちなみに、この「エミール」を読んで感動したフレーベルが、「キンダーガルテン」すなわち幼稚園を創設したというのも、有名な話だ。
そもそも「エミール」は創作であって、事実とは異なる。
ただの虚妄と言っても過言ではない「エミール」は、フレーベルのキンダーガルテンを経て、日本の幼児教育にも影響を与えている。
専門家たちが、いい加減な子育て情報をばらまくとして、なぜそれがまかり通るのか。
その理由は二つある。
まず第一に、やはり子育て情報を求める人たちが、素人だからだ。
それは、子供が出来たばかりのお父さん、お母さんである。
少子化の時代、子供を4人や5人も持つ人は稀である。
合計特殊出生率が1.5を下回る現場では、新生児のうち、相当の数が第一子であろう。
そうなると、その親もまた、ほどんどが「初めての子育て」なのである。
ベテランのお母さんなど、いないのだ。
子育てに慣れていない人たちは、かつての私も含めて、情報の真偽を判断できない。
医師や教授といった肩書きを頼りにしたり、テレビの情報を鵜呑みにするしかない。
新米パパママは、いい加減な子育て情報であっても、素直に受け取ってしまう。
情報を発信する側は、それにつけ込む。
正しい情報ではなく、注目される情報を発信する。
本の売れ行きや、視聴率の獲得が基準になる。
子育ての不安に駆られるお父さんお母さんは、情報産業にとって、いいカモなのだ。
(私もそうだった。)
そしてもう一つ。
いい加減な情報がまかり通るのは、保育士や幼稚園教諭など、子育て業界のスタッフたちが不勉強だからだ。
彼ら・彼女らの相当数が、根拠のない情報を信じている。
そもそも、育児のプロを自称しながら、非常に重要なエビデンスという概念を、まったく知らない人たちが多い。
そういう意味では、素人と変わらない。
ひどい例では、保護者を敢えて不安にさせて、専門家として優位に立とうとする人もいる。
現状は、なんとも嘆かわしい。
はっきり言わせて貰えば、いい加減な主張をする専門家も、それを垂れ流す出版界やマスメディアも、あまりに不誠実だ。
そんな中で、最近、エビデンスを示す専門家が登場してきているのは、大きな希望だ。
中でも有名なのは中室牧子さんだ。
こうした科学的根拠のある言説が少しでも広まって、子育て情報全体の質が上がっていくことを、心から願っている。