大学生のとき某AKB48のとある研究生にハマっていた。アルバイトで得たお金はCD・生写真、そして秋葉原への遠征費に消えていた。
当時、その研究生にはファンが皆無で、握手会に行くと私が連続で握手券を使い切るのが当たり前だった。当然、その研究生に認知されて、ハマってよかったと思って沼にはまっていた。
とある研究生にハマってから1年くらい経過したくらいに、私に彼女ができた。突然できたというわけではなく、研究生を追っかけるくらいの熱意で身近な人とも関わっていた。
彼女ができたので、最後の握手会でもう来ないことを伝え、フルコンプした生写真をヤフオクで高値で引き渡した。アイドルにお金を使う生活から脱却したのである。
それからしばらくして、そのアイドルは某AKBをやめた。表向きの理由があったものの、裏ではファンと付き合っていたなど噂があった。
真偽は不明だが、そのときにそのアイドルにハマっていなくてよかったなと常々思う。所詮、気持ちは一方向なのだ。アイドルはあなたを見てないし、仮に見ていたとしても商業的なもので、金の大小がものを言う世界である。
お金を誰かに使うことは、その人の活動や生活を応援していることと同義である。その人にもっと活動してもらいし、よりよい生活を送って活動の質を高めてほしいと思っている。
どうせお金を使うなら、応援したことに対して反応がある人に使いたい。そう思うのが人間ではないだろうか。ある意味、応援したその行動を肯定してくれるということである。
今では身近な人にしかお金を使わないようになった。家族や親友はもちろん、絶品の料理を提供してくれる家チカのレストランなど。
リアルにお返しがあるのもあるが、それ以上に応援した人が喜んでくれるのを体感することができる。そうすることで自分も喜ぶし、幸せになることに気づいた。
日本は1億総貧困社会と言っていいほど貧乏な国になってしまった。私はサラリーマンとして、平均・中央値より多い金額をもらっているが、贅沢ができるほどの余裕があるわけではない。
老後2000万円問題の話もあって、稼いで投資してお金を貯めるということに話が行きがちである。しかし、お金は人生を楽しむための道具であり、その使い方が人生を左右すると言っても過言ではない。
毎月家計を振り返るときに、「このお金の使い方でよかったか」と常に自分に問うようにしたい。