芸能人に似ていると言われると、なんとなく気分が良くなるものである。たとえ自分がその芸能人のことをよく知らなくても、なんとなく褒められた様な気がするものである。
こんなわしでも、4.5年前までは「松坂桃李に似てますね」なんてチラホラと言われたもんだ。しかし、「〇〇に似てますね。」の8割はただのお世辞だ。真に受けては行けない。
そして、松坂桃李とはいえども所詮は1人のホモサピエンスに過ぎない。わしとてホモサピエンスの1人だ。ならば似ていて当然と言えよう、特別なことでは無い。アジア人なら誰しもが桃李であると言っても過言では無い。わしも、あなたも、松坂桃李なのだ。
しかし、続けて何度も似てますねなんて言われたりすると、え?そうなの?とか言いながらも、わしは本当に松坂桃李なんじゃないか?と思えてきたりする。わしが本物の松坂桃李なのでは?と一瞬考えてしまうことが増えてくる。そうか、わしは松坂桃李だったのか…ふーん。ちょっと月9のオーディションとか受けちゃおっかな、とか思ったりもしていた。
しかし、あれから月日が流れ、凡百なる一般男性の例に漏れず、無事に中年の仲間入りとなったわしは、現在において、ただただ桃李の凄さに感服するしかない。
桃李は4.5年経とうが変わらずに桃李のままだ。
気づけばわしだけがおっさんになっていた…
桃李…お前やっぱすげえよ!
わしは感動した、桃李が桃李であるさまに。
先日、テレビで久しぶりに桃李を見かけた。そこにはイケおじの風格を漂わせながらも、およそ30代とは思わせぬ肌ツヤを見せる桃李が輝いていた。
他の追随を許さぬ桃李性。唯一無二の圧倒的松坂桃李がそこに居た。
しかも、あの戸田恵梨香と結婚したというではないか…流石だよ、桃李。
戸田恵梨香といえば今もバリバリに活躍する人気女優。ドラマ『ライアーゲーム』を塾帰りに友人宅で欠かさずリアタイで視聴していたわしは、当時から恵梨香のかわいさに瞠目していた。恵梨香と結婚したいとさえ思っていた。いつも恵梨香に頼りにされてる秋山さんの真似をして、「このゲームには必勝法がある…!」とか言っていた。
桃李…ありがとう。
裏を返せば、わしに似ている桃李が恵梨香と結婚したのだから、それは桃李に似ているとされるわしも恵梨香と結婚したといってよいのではないか。紙一重に同義。
コングラッチュレーション、桃李&わし。
桃李はわしの夢を叶えてくれた。
お前こそ、恵梨香に相応しい男だ。
桃李、お前やっぱすげえよ!
桃李…あぁ桃李よ。お前こそが松坂桃李だ。桃李の中の桃李。絶対なるorigin。未だなお輝き続ける桃李。
桃李は今もかっこよくて、イケオジで、活き活きとして、輝いてる!
それに比べてわしはどうだ?
鏡の前に立つわしは、まるで顔面で学校中の廊下を拭き回った後のような、くたびれた桃李。
あるいは、道端に生えた野生の桃李。太陽に焼き焦げ、雨風に吹き晒されるまま歪曲した、虫食いだらけの犬の小便臭ぇ野ざらしの雑桃だ…。
河川敷で散歩中に踏まれ続けるカタバミやシロツメグサが呼ばれるソレとかわらぬ、褪せた風景、区別する価値もなき有象無象の一部。
生え際は後退し、目尻の皺は目立つようになり、肌はまるで月の裏側のように荒れている。だんだんと髭も濃くなってきた。そして恐ろしいことに、最近ではなんと乳首のまわりから太い毛がチラホラと生えてくるようになった…これが中年の男性ホルモンの力なのか…。
わしは絶句した。それも、ここ1年で確実に黒い毛の本数が増えてきた。なんなんだこの乳毛は?
わしは戦慄した。これからもっと乳毛が濃くなっていくのではないかと、現在進行形で恐怖している。
乳の毛など一体どうしたら良いのだ?このまま毛量が増えて乳首から三つ編み作れるくらい毛が生えてきたらどうする?これでは銭湯にも行けん。いっそのこと三つ編みにして、これはバイキング風の乳首で、ファッションなんです。中世の男性の嗜みなのです!とでも開き直ってみるか?無理だ。きっと興奮した小学生や、サウナに潜むゲイ達に乳首ごと三つ編みを引きちぎられるに違いない。どうする?みんなどうしてる?乳毛をカットしてくれる床屋などない。世の紳士達は処理の追いつかない乳毛とどう向き合っている?やはりみんな乳首から三つ編みを生やすのか?そこに使うのはボディソープでいいのか?それともシャンプーか!?トリートメントは?!どうなってる!?教えてくれ!お父さん!!
もしわしに息子が生まれたなら、チン毛が生えてきたタイミングで必ずこうアドバイスする。「乳毛に気をつけろ」と!チン毛如きでうろたえるな。「乳毛が生えてからが本当の大人だ」と忠告しておく!!
第二次性徴が"チン毛"ならば、第三次性徴はきっと"チチ毛"だ。間違いない。
ともかく、わしは30過ぎて心身に起こり始めた様々な変化とまだ見ぬ新たなステージに、まるで思春期のチェリーボーイの如く戸惑っている。
いいか少年、人の乳毛を笑うな。いつかお前にも生えるかもしれないんだぞ!震えて眠れガキンチョ共。
話が逸れてしまった。
ええと、何の話だったか…そうだ、
桃李だ。
松坂桃李の話だ!!
テレビの向こうの松坂桃李は、変わらずに桃李のまま輝いている。無論、彼に乳毛などないだろう…。
わしは?
わしは乳毛が生え始めた…だが、まだ間に合うかもしれない。しかし、乳毛のないあの頃には、もう戻れない。
今のわしは果たしてまだ桃李に似ていると言えるだろうか…
否。
わしは、ただのみすぼらしい中年だ…。
ただのみすぼらしいおっさんだ…。
乳毛の生え始めたおっさんだ…。
いつからだろう…
一体いつからわしは桃李でなくなった…?
ヘッドスパや頭皮マッサージ、洗顔、保湿にスキンケア、脱毛、アンチエイジングのような事は一切してこなかった…その代償がこれか?
いつからだろう…
一体いつからわしは自分のことを「おっさん」などという枠でくくるようになった…?
徹夜がキツイ?漫画が読めない?ゲームが続かない?夜食で胃もたれ?2日後の筋肉痛?乳毛が生えた?
おっさんだから…おっさんだから仕方ないと、なんの疑問も持たずに受け入れ、迎合し、諦め、おっさんであろうとしたのではいか?
確かにおっさんになるのは簡単だ。
何もしなければだれだって自然とおっさんになる。わしもそうだ。そしてそれはきっと桃李も…。
しかし、では「おっさん」とは一体何なのだ?おっさんとは、諦めや、言い訳にしか使えない言葉なのか?
もうおっさんだから、おっさんになったから、おっさんにはキツイ、おっさんには乳毛…
心の奥底で、無意識におっさんを理由に、様々な事を放棄していないか??
乳毛の処理を怠っていないか??
本来、諦めたり、目を背けるのは悔しく苦しいはずだ…。それを簡単に受け入れらてしまう魔法の言葉…。
それが"おっさん"ではないか?
いつからだ?目に入る乳の毛を抜かなくなったのは…?
簡単だよな、全部"おっさん"になったせいにすればいい。おっさんなんだからしょうがない。この一言で簡単に自分を騙し、納得した振りをして、進んで"おっさん"への道を歩んで行くのだ。
世の中年よ、"おっさん"に逃げるな。
"おっさん"に甘えるな。
戦え、"おっさん"と戦え。
己の中のおっさんと戦え。
乳 毛 と 戦 え 。
おっさんであることに甘んじて、乳毛の処理を怠るな。
しかし、先に述べたように、一口に"おっさん"という言葉を老化や逃避の象徴としてしまうのはいささか乱暴だ。
おっさんには2種類いる。
"冴えないおっさん"と、
"冴えてるおっさん"だ。
分かりやすく言い換えてみよう。
"乳毛の生えてないおっさん"と、
"乳毛の生えているおっさん"だ。
つまり、我々が戦うべきは、"冴えないおっさん(乳毛の生えているおっさん)"なのだ。
己の中に潜む"冴えないおっさん"の甘言に絆されることなく、"冴えてるおっさん"であらねばならない。
そう、松坂桃李のように。
もし、わしがこのまま冴えないおっさんとなり、誰からも相手にされなくなって、そのうちに「わしは松坂桃李に似てるって言われたことあるんだぜ!?」なんて言い出したら、もうお終いである。桃李の威を借るじじい。過去の桃李に縋りつくじじい。小っさいしょっぱいしょぉもない自尊心だけを残して空っぽになった中年、乳首に三つ編みをぶら下げた、現実を受け止められない悲しき老害の出来上がりである。
もし仮に酒の席で若い女に過去の自慢話をするようなことになったらもう目も当てられない。最低である。
こんなに情けないじじいは居ない。乳の三つ編み引っこ抜かれて死ねばいい。
そんな虚しい事態だけは避けねばならない。
しかし、失ってこそわかる。
桃李の偉大さが。
どこかで慢心していた、"わしは桃李に似ているのだ"と。正直、松坂桃李自身についてわしはそれほどよく知らない。
よく知らないが、それでも俳優や芸能人に似ているのだという漠然とした全能感が無意識下で溢れていた。「戸田恵梨香?あぁ、わしの嫁だけど?」これが言えるだけでもう大勝利である。この世の8割には勝ち越せる。(家に帰れば恵梨香が温かいご飯を作って待っていてくれる。)そう思うだけで大半の不条理は消し飛ぶのだ。うんこを踏もうが、小便が手にかかろうが、傘を忘れようが、車を擦ろうが、一笑に付せる。
それほどまでに、松坂桃李の持つパワーは大きく、凄まじいものだったのだ…。
しかし、乳毛は別だ。
恵梨香は乳毛を生やしている男にきっと飯は作らない。恵梨香は決して乳毛を3つに編んではくれないだろう。つまり、仮にもしわしの顔面に桃李の面影が残っていようとも、乳毛を生やしている時点で、わしは桃李として失格。恵梨香は振り向いてくれない。
わしは、桃李から乖離してしまった。
わしは、わしの中の桃李を失ってしまった。
しかしそれが一体なんだと言うのだ?
松坂桃李に似ていないからどうした?
乳毛が生えたからどうした?
大切なのは、
冴えてるか、冴えてないか
イケてるか、イケてないか
乳毛があるか、乳毛がないか
なのだ。
わしは松坂桃李ではない。
当たり前のことだ。
どうせなら、木村拓哉が良かった。
…じゃなくて、
わしは、わしなのだ。
そうだ、ようやくわかったよ。
乳毛が生えたら、抜けばいい。
それが嫌なら、愛でればいい。
中途半端が1番イケてない。
それは選択を放棄した、舵をきることを恐れてただ海を漂うだけの冴えない乳毛のようなつまらない存在だ。
男なら胸を張って乳首を見せてみろ!!
いっぱしの中年ならば乳首を見ただけで相手がどんな人間かわかる!
その肌に、そのヘアースタイルに、己の生き様が浮かぶのだと知れ!!!
いいかいお嬢ちゃん?
わしは冴えてるか?イケてるか?
それは、これからのわしの行動、思考、在り方で決まる。そう、全てはわし次第なのだ。
そこが肝心なんだ。
まだまだその気になれば何でもできる。今日が人生で1番若い日なんだ。"年齢"に囚われるな。"人間"で勝負しろ。どうせ死んだらみんな骨だ、生き様で魅せてみろ。お前が一体、どこのどいつで、何者なのかをな!
ふぅ、
対面に座る若い女性に、そう熱弁しながらわしは酒を飲み干した。退屈そうな顔をしているのが少々残念だが、愛想笑いでも気持ちよくなれるぐらいには酔っている。
あ、おねーさん、ちょっといいかな?
お酒ついでくれる?
え?わしの歳がいくつかだって?
いやいや、わしなんてもうおっさんだよ。ハハハ…え?みえない?またまたぁ〜…
腹筋割れてそう??ははぁーん、嬢ちゃんお目が高いね、ほーらこの通り!昔はよくわしの腹の上でコサックダンスを踊らせたもんだ!見事だろう?ハッハッハ…!
え?…大胸筋も??
あっ、その、胸はちょっと…見せられないかな…
え?なんでって?
な、なんでだろうねぇ〜…
おじさんちょっと胸は自信ないかなぁ〜…
…あ、そうだ!