1986年に故宮博物院に行ったとき、田舎道にぽつんと時刻表の立ったバス停でバスを待っていると、白人がひとりだけやってきて、どこへ行くのか英語で聞いてきた。故宮博物院だというと、バスはいつ来るかと聞く。僕は英語帝国主義に反対なので(^0^)「ここに書いてあるじゃないか」というと、「漢字は読めない」と言う。わざとそう言わせてから、教えてあげた。(イジワル~)
とにかくそのバスで故宮博物院に行ったのは僕と彼のふたりだった。そして故宮博物院は、メトロポリタンもスミソニアンもそうであるようにけっこう空いていて、日本にゴッホが来たときなどとはまったく違い、とてもゆっくりじっくり鑑賞できるのがいいと感じた。
ところが!
今回は平日だというのにとても混んでいて、日本にゴッホが来たときのように(このたとえ好きですね)大変なストレスを感じた。ましてや、車椅子だと後ろから見えないのでちゃんと見るのは苦労した。
写真は校外学習らしい生徒たちの団体。ジャージの体操服で校外学習というのが、日本と似ている。(^0^)
だが、とにかく主だった作品などを見て廻ることはできた。
しかし、問題はここからである。上記のエッセイに書いた墨絵を見つけたいのだ。
ただ膨大な収蔵品は入れ替え制であるから今、現在、出品しているとは限らなかった。
僕は運を天にまかせ、書画コーナーを訪れた。
初めは老虎が目立ったが見て廻ると、山水や飛瀑はジャンルとして確立しており、似た雰囲気の絵はある。だが、あのときの心身脱落と言っていいような無心の境地に連れ去ってくれるまでにはいかない。
とうとう僕は水墨画のスライドコーナーで今展示されていない作品のチェックも始めた。
とても近い雰囲気のものは見つける。しかし、スライドが二巡するのを待っても「アレ」は出てこない。
僕はミュージアムショップの土産物をチェックすることにして向かう。
そしてとうとう殆ど書画収蔵品の殆どすべてが載っているのではないかとも思える全集を発見した。
これだ!
(つづく)