森のペヌー (童話)
わけることば つなぐことば
つきはなすことば 手をさしのべることば
その昔 人とペヌーは
おなじことばを話していたの
ひびき と 色あい におい と 味わい
はだにふれる やさしさの
ぜんぶが やわらかく とけこんだ
ふしぎなことば
つきぬけることば しみわたることば
よりそうことば つつみこむことば
ペヌーは今も おなじことばを話しているの
ずるい耳には もうとどかない
なつかしすぎる せつなさで
太陽王国は、人間たちのつくった都市におおわれていました。たちならぶ背の高いビルディング。草木もはえないアスファルトの道。
そんな太陽王国にも、半径わずか百キロメートルの聖なる森が残っていました。
「森の奥深くにひとりで入ってはいけないわよ」お母さんはアキラにいつも言いきかせました。
「お父さんでも道に迷いそうになる深い森だからな」森の調査員のお父さんまでそう言います。
けれどもアキラは森のことなら、大人たちよりもずっと知っていました。
木立に足をふみいれると、樹木の葉がさらさらとざわめいて「おかえり」とアキラにささやきました。
小鳥たちが、そこかしこでさえずり、見上げると、木の葉の間の高い空で雲がゆっくりと流れています。日の光が斜めにつきささり、木の葉の影が地面でゆれて踊っています。
シュッシュッシュウ
風を切る音をたてて高いこずえからこずえと飛ぶものがあります。
シュシュシュシュウウウウ
毛むくじゃらの小さな体は犬にも似ています。けれども、犬よりもずっと丸くてふさふさしていて、とてもすばしっこいのです。
「ペヌー!」
アキラが呼びかけると、その生き物はアキラのすぐ目の前に飛んできて、空中でぴたり止まります。
そして大きな目でアキラの目をのぞきこみます。アキラもペヌーの青い瞳をのぞきこみます。
ペヌーの瞳の奥深くをのぞきこむと、アキラはなんだか吸いこまれそうになります。深い深い海の底をのぞいているような、あるいは高い高い空のかなたを見つめているような、ふしぎな気持ちになります。
奥のほうをのぞけばのぞくほど、その目の色は、こん色からむらさき色へと深くなり、その底はつきぬけてしまって、宇宙そのものにつながっています。
「生きてる、ふしぎ、たのしいね」
もしも人間の言葉になおすなら、そんな気持ちをペヌーは、その目の色でアキラに語りかけてきます。
「生きてる、ふしぎ、たのしいね」
アキラもそんな気持ちでこたえます。
するとペヌーはアキラの肩に止まって、ふさふさしたしっぽでアキラの首をくすぐります。「ふふふふふ」くすぐったさにアキラは体をひねって笑います。
木立の影のそこかしこから、たくさんの子どもペヌーが顔をのぞかせて見ています。
アキラはうちに帰ると「僕ね。今日も森でペヌーに会ったよ」と言いました。
するとお母さんは「そんなはずないでしょう。太陽王国のペヌーはもう絶滅したのよ。今では海の向こうの生命大陸にしかすんでいないのよ」と言うのです。
「だって、僕、会ったんだよ!」
アキラはもうお母さんには森の話をしないでおこうと思いました。
ある日のことでした。アキラが森で遊んでいると、突然、鳥たちがさわぎはじめました。ウサギや野ねずみや子鹿が、木立ちを猛スピードでかけぬけて行きます。
シュシュシュ。ペヌーも宙を飛んできて、アキラを見つけると、耳もとに近づいて、すぐそばを飛びながらいいました。「逃げろ、人間たちが来る」
アキラは「だいじょうぶ、人間はこわくない」とだけペヌーにこたえると、みんなが逃げるのとは反対に森の出口に向かってかけ出しました。
だれが来たのかは知らないけれど、その人に「森の生き物をあまりおどかさないで」と伝えるつもりだったのです。
動物たちがいなくなったシーンとしずまりかえった森を走っていくと、やがて地面をひくいうなり声がゆらしていることにアキラは気がつきました。うなり声はだんだんと大きくなり、こっちに近づいています。ますますますます近づいてきます。
ドドドドド。ドドドドドドド。
今や、まるで千頭のバッファローの群れが大地をかけてくるような地ひびきです。
「あっ!」アキラは声をあげました。小高い丘の向こうから、突然、木々がなだれるように倒れてきたのです。そして丘の上に、工事現場などでよく見るブルドーザーが、その巨大な姿をあらわしました。
「なんだ、あれは人間の子どもじゃないか」
ブルトーザーの運転手は気がつきました。が、時はすでにおそく、一本の大きな木が、アキラに向かって倒れていきます。
「あっ、あぶない!」
シュンシュンシュウウウン。
その時、何匹ものペヌーがすばやい動きでアキラに飛びつくと、手や足をもってアキラの体を宙に持ち上げました。
ズッシーーーーン。
間一髪、アキラの耳のすぐ横をかすめて、樹木が地面にしずみました。
ペヌーはアキラの体を運んで空中を飛ぶと、ブルトーザーの助手席にそっとアキラの体をおろしました。
「ありがとう、ペヌー」
アキラは言いました。
「こいつはたまげた。おまえらはずっと昔に絶滅したはずのペヌーか」
運転手がつぶやくと、ペヌーたちは空中に静止したまま、毛をふさふさと揺らせて笑います。
運転手はあっけにとられたように目を見開くばかりです。
アキラを家まで送ってくれたブルトーザーの運転手は、お父さんとお母さんに森で見たことを話しました。
「そうなの。ペヌーが助けてくれたのね。ペヌーはほんとうにいたのね」お母さんがアキラを抱きしめながらそう言いました。
「よおし、これで森に発電所をつくる計画を止めることができるぞ」お父さんが言いました。「ペヌーのすんでいる場所をこわすのは、国際条約の違反だからな」
発電所の建設に反対だったお父さんは、だいじな証拠をつかむことができたのです。
次の日、アキラとお父さんはいっしょに森に足を踏み入れました。森の木々は、木の葉をさわさわと風に鳴らして、親子を歓迎しています。
「不思議だな。アキラと来ると、森がまるで違う表情を見せてくれるようだ」そうつぶやいたお父さんの耳にたしかに聞こえてくる音がありました。
シュッシュッシュウウウ。ペヌーの飛ぶ音です。あちらのこずえからこちらのこずえへ。たくさんのペヌーが目にも止まらぬ速さで飛びかいます。
「ペヌー。はっきりその姿を見せてくれ。君たちを守りたいんだ」
お父さんは言いました。すると一匹のペヌーが目の前にシュンと飛んできて、静止しました。
「ペヌー!」お父さんは思わず両手をあげてのけぞりました。
ペヌーはふさふさとした毛の間から、大きな目をのぞかせて笑います。お父さんは目を見開いて、ペヌーの瞳を見つめかえしました。
ペヌーの瞳の中には、はじめ、うっすらと靄がかかっていました。でも、お父さんがじっと見つめているうちに、靄はみるみる晴れわたり、その奥になつかしい太古の森が透けて浮かび上がるのでした。
森にひびきわたる鳥やけものの声。すがすがしい針葉樹の香り。あまい花の蜜の味が口に広がります。やさしい風がうなじをそっとなで、その風の中をたくさんの虹色の蝶が舞い踊っています。
ペヌーはアキラとお父さんのためにこんな歌を歌って聞かせました。
動物も木も 虫も光も
風も大地も 助けあって生きる森
ペヌーではなく 森を守って
すべての命と あなた自身の
ほんとうの 幸いを守って
思い出して
ペヌーも人も もとは同じひとつの光
わたしたちみんな この星のいのちの仲間
「ああ、思い出したよ。思い出したよ」
うなずきながらお父さんは、いつしか、子どものようにぽろぽろ涙をこぼしています。
そんなお父さんの姿を見て、アキラはなんだかやけにうれしかったのです。
ペヌーの子どもたちも木陰からおおぜい出てきて、空中をおどるように飛びかいます。