ランキング機能が現に始まった以上、それをどのように利用すればいいかについて考え、信頼の連鎖を築く試みが始っている。
それ自体は素晴らしいことで、今、現在は、それによって僕自身も良記事だと思うものがランキングされているので、大変好印象だ。
一方、僕はこれまでランキング機能よりもマッチング機能を個人がカスタマイズできるようにしてほしいのだという意見を何度か書いてきた。
今のALISにはフォロー機能すらない。
だから、
「記事の発見は、目立つ位置に掲載されることで確率が高まる」
ということが、必要以上に大事になってしまっている。
そのことを前提にすると、
「より望ましいランキング機能とは?」「より望ましいランキング機能の運用とは?」という問いが、スタートラインになる。
けれども、マッチング機能の充実をという意見はあらかじめ捨象されてしまっているシステムであること(ページにおける位置どりが必要以上に重要なシステムであること)を、問題化する機会はどこに行ったのであろうか?
ランキング機能は(良いものとして運用されるようにという不断の努力とともに)あってもいいのだが、
それと併用できるマッチング機能が充実してほしいという僕の意見は同じままだ。
ああ、読み返すとこのときは、カテゴリー総選挙のまとめとして書いたのだった。
皆が記事が発見されやすくするために他カテゴリーから出たいと思ったので、競争になった。
位置どりが重要になるほど、そこには競争原理が働く。
競争原理の中に友愛(の連鎖の)原理が働くのは、大変好ましいことなのだが、システム自体は競争原理のままである。
マッチング機能の充実の利点は多様性が共存し、見たいものを見たい人が見つけるための利便性が上がることだ。
ふと思ったのだが、今始っている友愛の連鎖は、僕は自分の価値判断で好記事の評価が正当に始ったことを歓迎しているが、「自分のような書き慣れないものの日々雑感は永遠にあそこには載らないのかー」と、うなだれている人もいるかもしれない。(;゜ロ゜)
後記
いや、そうではなく、投げ銭ランキングが今のままの形で存在するかぎり、やはり、いつでも誰でもどんな作品でも、資本を投じれば、ランクインできるのだ! 改善案は「投げ銭ランキング廃止論者による敢えての改善案」に出してみましたが。(;゜ロ゜)