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「宇宙・天文で働く」本田隆行著 レビュー 教え子の本です!

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  • あび(abhisheka)
  • 2020/02/06 13:19

「宇宙・天文で働く」の著者の本田隆行くんは、僕がアメリカの日本人学校の職から帰国して最初に赴任したS中学で副担任をしていた中3のクラスの優等生(!)だった。
僕は国語を教えていた。(教え子の本ですと書いたのは、記事を読んでもらうためのキャッチコピーで僕は殆ど、なんの貢献もしていません。)(-_-;)
彼の授業への集中力と心理的な安定感は31年間の教員生活の中で知っている生徒の中でも群を抜いている気がした。もっとムラのある天才型の優等生なら他にも思いつくが、彼はムラがなく、すべてを吸収し、そしていつも教師の目を見ていてけっして視線を外さない、秀才の極致みたいな人物だった。
彼が完全な集中で聞いているので、そのクラスの授業はやりやすかったし、少なくとも僕が知っていたり思いつく程度のことは彼には理解できたので、僕も好きなことを話していた。
たとえば文法の時間に主語・述語というのが出てくると、この主語というのが幻想であることは日本人は近代以前にはわかっていた。近代的思考の中で忘れ始めたと僕は言った。
ギリシアの哲学者ヘラクレイトスは「人は同じ川に二度と足を踏み入れることはできない」と言った。すぐそこに淀川があるが、名詞「淀川」はそのような川があるという幻想を持たせる。しかし、その水は一瞬ごとに流れているから、そのような名詞は便宜上のものにすぎない。それは一瞬一瞬違う川だ。ヘラクレイトスはそれを見抜いた。
しかし!
ヘラクレイトスは「人は」という主語を立ててしまった。彼は人の方も一瞬一瞬細胞が死んでは入れ替わり暴流のごとく変転していることにちゃんと着目していない。人も川と同じで一瞬一瞬変わっている。
ナガールジュナ、漢訳名龍樹という仏教者は「中論」などの著作ですべての主語が幻想であることを明らかにした。彼に言わせれば「馬が走る」というのは既に人間の脳のバカげた認識形式にはまっているのだ。
何もしていない馬がいるか? 馬は呼吸し、その体の中で細胞が死んでは生まれ常に変化している。何もしていない同じ一頭の馬が存在して、それが走るのではない。馬の皮膚の表面では皮膚呼吸により気体が常に入れ替わっている。主語が幻想だというのは、輪郭が幻想だというのと同じ意味合いがある。だからシュタイナー学校の子どもたちは輪郭のある絵を描かない。宇宙のすべてがひとつのプロセスで輪郭はすべて幻想なんだ。
日本人は本来そこまですべてわかっていたから、「人は同じ川に二度と足を踏み入れることはできない」というかわりに、鴨長明は「ゆく河の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず」と言った。主語は? 「流れ」は動詞「流れる」の連用中止法でこの文の主語であると受験では答えなければならないが、流れは個体か? 実体があるか? それは流動している。これはプロセスであって、実体ではない。この文には主語はない。しかし、流れが主語であると答えられるように僕は君たちを訓練しなければならない。その仕事をして給料をもらっているので、ごめんちゃい。
僕は君たちに近代日本語の学校文法を教えなければならない。しかし、もう二度と言わないけど、本当のことは言っておきたい。すべての主語は幻想だ。少なくとも便宜上のものだ。
光が光るか?
光るまで光はない。
ゆえにネイティブアメリカンのナヴァホ語では稲妻が光ると言わない。
光る前に稲妻があるか。稲妻があって、それが光るのか。
ナヴァホ語ではそれを「ピカッ!」というような表現で表すと聞いたことがある。
光が一番わかりやすい。光という実体があるというのは幻想だ。光るというプロセスしかない。
ところで宇宙はぜんぶ本当は光なんだ。限りない光の中に人の脳みそが私とかあなたとか物とかいう幻想を作り出している。
その証拠にすべての物は、E=mc2乗という数式で表されるエネルギーであることが知られている。
なぜエネルギーは質量×光速の二乗なのか。光はこの宇宙が物質であるという幻想と、空(くう)であるという実相をつなぐキーなんだ。
だが、主語と述語について今から教えるから、ここまでの
話は受験が終わるまで全部忘れた方がいい。
では、文法の授業を始めよう。
・・・・と、この話の間の本田くんの目の色を僕はなんとなく覚えている気がする。彼は僕がこの話をしたのを覚えているだろうか。彼が覚えてないなら、誰も覚えてないだろう。
僕はこのとき、中学生であった彼の存在に対する理解に基本中の基本事項を教えることができたのではないかとひそかに自負している。(笑)

そして彼は常にすべての先生の話をあの集中力で聞いていたのであろう。塾も行かずに成績は全教科トップクラス。僕の考えでは彼は日本の大学ならどこでも行けたと思うが、ひとつひとつの局面で安全パイをとってワンランク下の確実な進学を心掛けた彼は地域の公立高校で二番目とされる進学校に進み、そこから東大か京大でも行くかと思ったら、神戸大学で惑星科学を専攻してますと報告を受けた。
神戸大学で大学院修士課程まで惑星科学の研究をつづけた彼は、JAXAの人工衛星はやぶさのプロジェクトチームにかかわったと聞いた。はやぶさが、小惑星いとかわに着陸し、その物質を持ち帰った偉業は当時、日本のみならず世界的なニュースになったと記憶している。

その後、枚方市役所で広報か何かの担当の公務員になったと聞いたとき、これまた堅実な道を選んだものだと思った。直接的に宇宙開発や研究にかかわる分野に進まず公務員になったと聞いて、なんとなく彼らしいなあと思った。このかんも、何度か元生徒会役員の集まり(彼は生徒会長で、僕は生徒会顧問だった)やその他地域の活動で顔を合わせたり一緒に飲んだりしたことがあり、時々の近況は知っていた。彼が枚方市役所を辞めた理由はあんまり追求しないほうがいいような気がする。
僕はそこが彼のような人物が骨をうずめるような職場ではないとつくづく思うが、詳しくは語らない。その後、日本科学未来館に転職した。
が、2015年にはそこも退職し、フリーの科学コミュニケーターをしていると聞いている。僕はこの仕事がどういうものかよくわからないので、そのうち彼のことこそゆっくり取材したいぐらいだ。

その彼の初めての著書「宇宙・天文で働く」は2018年に発行された。僕はそのとき、ちらっと聞いたような気もするが、FACEBOOKもツイッターも僕は友達が多すぎて、しばしば記事を見逃すのだ。最近、ツイッターでフォロワーはカラスの勝手にしてくれたらいいが、フォローは減らそうとがんばって、減らしまくってきたので、だんだん本当に知っている人のツイートが目につきやすくなった。それで遅くなったがこの本のことを知り、読んで感想を書くとレスしておいた。
(前置き、長っ!)

この本は中学や高校の図書室によくそろえられている、様々な分野の職業につくための「〇〇になるには」のシリーズの一冊として書かれた。
「宇宙・天文で働く」にはというテーマで書かれているわけだが、NASAやJAXAで働くにはというような幅の狭いものではない。
なんらかの角度から、宇宙や天文にかかわる幅広い職業の実態とその職業につくためのヒントがちりばめられている。
彼の初めての著書が惑星科学などの理系バリバリのブルーバックスのようなものではなかったのは、なんとなく必然的な気がする。
彼はこのような本を書いて宇宙と一般の人々をつなぐ役割を果たすようなタイプの人間であって、研究者としてどこまでも理系の探求を続けるタイプではなかったと実感する。
修士課程でその学問を終えるというのは、だいたいそういうことなんだと一般化することもできる。

さて、この本で紹介されている宇宙・天文にかかわる仕事は、「宇宙をめざす仕事」「宇宙を調べる仕事」「宇宙・天文を伝える仕事」「宇宙・天文を使う仕事」に分類されている。
「めざす仕事」はロケットや衛星の開発など理系といえば理系だが町工場での精密な技術など、強調点が、NASAの花形を目指せ、マサチューセッツ工科大学へ行けといったような類のものではないことに穏健な?印象を受ける。
「調べる仕事」も天体望遠鏡の開発者の仕事と、スペースガードセンター(彗星や小惑星など隕石の危険などを観測している)の仕事の紹介で、宇宙とは何か?ホーキングのその先の研究を続けようではないかといったものではない。
「伝える仕事」「使う仕事」に至ってはなおさら、さらに文系や芸術の分野に近づき、宇宙や物理に関する正確な知識に基づきながらも、いかにそれを一般に伝えたり、社会に有用なものにしていくかというやや文系的な分野に傾いている印象を受ける。
この「伝える」「使う」あたりが、科学コミュニケーターとしての彼の現在の立ち位置でもあろう。
この本にはマッドサイエンティストの影はよくも悪くも存在せず、目配りのきく、オールマイティな存在が、宇宙を僕らにとって身近なものにしてくれている。
そういう仕事を君も目指してみるのはどうかというのが、主調低音のような印象を受けた。
中学生のときから、どちらかというとオールマイティな才覚を見せていた彼が歩んだ道は、結局、孤高に惑星科学を極めたり、宇宙物理を極めたりする方向ではなく、そのような「広報・コミュニケーション」的なものに落着していったんだなあと思うと、深く納得である。

文章の出来栄えとしては、(国語を教えたのは私です。エヘン! 理系は中学生の彼にさえ負けていた気がするが・・・(-_-;) 中高生向きにわかりやすく安定した文体で、宇宙にかかわる仕事の幅の広さや、やりがい、困難な点などをうまく伝えていると思う。

たぶん、自覚していると思うので、わざとスルーしていると思う点は、宇宙は国家間において戦略的に重要であるという点。中高生には言わない方がいいという判断か、書きすぎると出版社から注文がつくという判断か、まさか実際には書いたが編集者が削れと言ったか???
でも「宇宙・天文で働く」ことにおいて無視できない点ではあると思う。
そういえば、数年前、北朝鮮が発射したのはミサイルか、ロケットかという話題などで彼に質問を出したら、中立的で信頼できる回答をもらった覚えがある。
またアメリカがいかに日本の宇宙開発に制限をかけているかについては少し不満を持っている口ぶりをしていたような気がする。(挙句の果てにごく最近、ホワイト国を外れましたね。(-_-;)
昔から政治的に穏健な人間だったが、ロケットというものにかかわると、世界情勢について自然にかんがえざるをえないことはたくさん経験してきただろうと予測する。でも、今後もその切り口は質問に回答するとき以外は、よくも悪くも自分からは深くは切り込まないタイプの人間であると、中学のときの先生は思っています。(笑)

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10代より世界放浪。様々なグルと瞑想体験を重ねる。53歳で臨死体験。31年の教員生活を経て現在は専業作家。https://note.mu/abhisheka

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