(「私にはお盆はない」からの続き)
とりま、これよかったよと薦めてもらった「こんな夜更けにバナナかよ」を見始めた。
自分の関わるSNS界隈(ALIS以外)で何度も聞く題名だったので、はやっているのかなあぐらいに思っていたから、見られたら見ようと思っていたやつだ。
が、見始めて30分もしないうちに、わがままな障碍者と、彼の周囲のボランティアの献身性にあまりにもムカついてきて
「これ、ここを乗り越えないと、この先、皆がどう変わっていくかが、見えないから、見ないと後悔するやつ?」
と聞いたら
「まあ、そうだけど、イヤなら無理に見なくても」
「このボランティアがあまりにも日本的で、障碍者にコンプレックスあるから、耐えがたい」
と言って途中で見るの、やめた。
たぶん一生見ないと思う。
理由は「障碍者の社会参加に反対だから」ではなく「日本的ボランティアはバカだから見てたらムカつく」からだ。
見てないのだから、バナナについては、僕は何も言えないわけだけど、思い出したのは「ブレス 幸せの呼吸」(人工呼吸器つき車椅子を初めて開発し、医者の反対を押し切って街に出る男の実話が元。ただし、この話は妻の献身性に支えられているとこころが少し引っかかる)、「最強のふたり」だ。
「最強のふたり」はハイソな白人障碍者フィリップが、次々と介護人をクビにするが、底辺社会を歩んできた黒人ドリス(この名前を白人風の通名に変えないと就職は書類選考で落ちるというのがフランス社会と言われる)に出会って、その障碍者を奉らない態度が気にいって介護人に採用し、ふたりが最強のコンビになる話。
この話は、台詞をピックアップしていくと、障碍者差別と人種差別に満ちていると言われている。
が、それは実態を描いているとも言えるんだし、二人の会話に関しては、互いに対して何の遠慮もないから、そうなるだけだと思う。
「最強のふたり」は、差別があることを認め、リメイクする話もあるようだ。
が、僕はこの映画こそ、差別がある社会で、何の遠慮もなく接するふたりをドカンと描いたもので、これが「差別もクソもない」ということなんだと思う。
この「差別もクソも」の「クソも」が肝心だろう。
差別がないのが大事なのではなく、差別もクソもないのが、最強なのだ。
ここがなかなかわからないのが、日本的感性で、そこから抜けられないために結局差別からも抜けられないんだろう。
バナナかよは、その日本的感性を描いている部分で僕は見るのを挫折してしまったということになるんだと思う。
まあ、せっかく借りといてくれたのに、見るのやめる態度も、夜中にバナナ買ってきてというのに匹敵するワガママのようにも思えるが。(・_・;)
以上、バナナ、ブレス、最強の三つに共通しているのは、首から下が動かない障碍者が主人公である点です。
(つづく)
「最強のふたり」は差別映画か???