桐野夏生「メタボラ」読了。
この小説は詳しく語るとネタバレにならざるをえない性質をもっているから、多くは語らない。
しかし、これは現代日本社会のおける限界状況を生きる若者の、すぐれた自己探求の物語だと思った。
自己探求と言っても、自己が見つかるわけではない。むしろますます滅茶苦茶になっていくだけだ。
だが、その舞台が沖縄本島であり、主人公のひとりは本州、もうひとりは宮古の出身であり、知事選や辺野古の問題が絡んだり、理想郷をつくるカリスマや、政治に進出しようとするゲストハウス経営の若者が出てきたり、限界を超えたブラックな企業現場が描かれたり、そこでしたたかに生きる中国人労働者の姿に肉薄したり、桐野の描く世界は、僕の関心の縁を見事に踊っていく。
それでいて何かが見つかるわけではなく、何も見つからないのがよかった。
暗澹たる未来に希望はない。
だがもっと闇を進んでいきたいという意欲はなぜかいや増すのである。
現代社会の辺縁を生きる女たちを描いてきた桐野が、同じく辺縁を生きる若者男子を描いて、ここまでの力量を見せつけたのはさすがである。