交通事故でぐねった首がまだ本調子ではないと自分では感じるんだけど
整形外科医の所見が事故由来の病変の所見はもうないということなので
保険による治療は打ち切られることになった。
すっきりしないというのは、事故の保険の保障対象ではないようだ。
それにしても思い出すのが、僕のかつて出遭った究極のエスティシャン。
もともと僕の本の読者。
ふだんは自分の施術室で女性中心に営業していると言っていた。
だが、僕の右腕が肩より上に上がらなくなったとき、鍼灸師の共通の友人が仲立ちしてくれたこともあって、
来てくださいということになり、施術してもらうことになった。
この人は今まで出遭った中で、究極のエスティシャンだったと思う。
僕は自分の体を長い間演奏されずに寂れていた楽器だったのだと自覚した。
彼女の指が僕の体を触っていくと、鳴らされてこなかった鍵盤が叩かれ、聞いたことのない音色が、波紋のように体に広がっていった。
かつて鳴らされたこともあるが長い間忘れられていた鍵盤もあれば、まったく初めて鳴らされる未知なる鍵盤もあったように思う。
そして問題の右腕だが、僕はここが痛いと肩の一部を指摘した。
彼女はそこをさわり、はい、固まっていますと言った。
「私は鍼灸師でもあるんですが、ここでは鍼はあまり使っていないんです。でもここは、鍼を使いましょう」と彼女は言った。
驚いたのは、彼女は僕の体をさわって色々なことを感じ取ったあと、
僕が痛いと言った肩の塊とはかなり離れた右腕の肘の少し上のあたりに
鍼をさしたことだ。
すると、肩の塊がふわっと溶けるように消えた。
えっ?
今の何?
腕をあげてみてください。
彼女は言った。
僕が右腕を上げると最近通過できなくなっていた一点を難なくこえて、僕はバンザイすることができた。
これが本当のバンバンザイではないか。
彼女の施術を経験した僕からすると、それ以来、殆どのセラピストの技術や才能に不満である。
それ以来、これぞ、プロ!という人に出会わない。
それだけ彼女はすごい才能と修練だと思った。
しかし、その後、妊娠した彼女は産休のために施術室を他人にしばらく貸すことにしたと聞いた。
また復帰しますよと言っていたのだが・・・・。
借り主が施術室を維持できなくなって彼女は部屋を売却するしかなかったという。
子どもの手が少し離れたとき、仕事を再開したかったようだが、新たに施術室を準備するための資金などが足りず、雇われで出張マッサージのバイトを始めたと聞いた。
だが、その世界は男性客のセクハラとの格闘(?)の日々だと歎いていた。
なんという才能のもったいなさ!
どの職業世界でも女性にありがちな問題のひとつだが、こればかりは直接的体験として、あの才能はもったいないとひしひしと感じた。