過去記事はこれです。
番外編
では、最終回を始めよう。
宴もたけなわ、二次会、三次会となだれ込むのかと思いきや、意外とおとなしく九時半頃には終了。
そりゃ、そうだわな。
年齢は二十歳から八〇過ぎまで。
その半分以上が何らかの障碍もある。
ここはおとなしくおねんねしないとね。
さて、鶴橋駅へ行くのは誰ですかぁ?
というと結局、ほとんど全員無理やり、鶴橋駅まで語り合いながら歩くことに。
その時、全盲の三上さんが
「では、見えない人を案内したことのないあなたが私を案内する。したことない人がするのが大事なんだよ」
と僕が導くことに。
「ええ? でも僕は電動車椅子ですよ」
「その後ろを持つから」
「白杖はどうしますか」
「白杖も持っているよ」
「白杖を自在に使えないですね。白状よりも僕の車椅子の進路を頼るんですね」
「段だけ気をつけてくれたら大丈夫」
「そりゃ、車椅子も車椅子の都合で段は気をつけるから、必ず気をつけます」
こうして皆でスタート。
エレベータで地上まで分乗。
三上さんは僕の車椅子の後ろを両手で持ってエレベータに乗り込んできた。
他の人が
「あびさん。三上さんに押してもらっているの?」
「いえ。僕は案内してるんです」
もう何がなんだかわからない。
「三上さん。このエレベータは回転するスペースがないし、扉はひとつだから、バックで下りますよ。大丈夫ですか」
「あびさん。僕には前も後ろも右も左もないの。全部見えないから、同じなの」
「そ、そうか。上下だけ重力でわかるんですねえ」
見えないということへの理解が僕には足りない。
経験値が低い。
そういえばテーブルにいるとき、「名前を点字器で打ってあげるから、何か固い紙をください」と言われたとき、僕は三上さんの手のすぐそばまでカードを差し出したが、三上さんは受け取らず、
Kさんが
「あびちゃん。あびちゃん。見えないのよ。見えないの」
とわざわざ言い、ああ、そうだったと気づいて、手を触り、手から手へ紙を渡す始末。
経験値が低いとはそういうことだ。
しかし、このエレベータの件、僕からしてみれば、電動車椅子は重機であると意識している。
だから、バックの時、人が後ろにいないか、傷つけないかはいつも注意している。
もし、目の見える人に車椅子をガイドしてもらっている時なら、その人にはできるだけ早く遠くまで遠ざかってほしい。
そしてまっすぐ後ろに出るとき、エレベータ扉の幅だけを意識したい。
エレベータを出るとき、後ろに人がいることがイヤなのだ。
たまに「開」ボタンを親切に押してくれている人にすら
「先に下りて、行ってください」と言うぐらいだ。
邪魔なのよ!
でも、三上さんは僕の車椅子に導かれているのだから、離して遠ざかった方が安全ですから、遠ざかってくださいとは言えない。
車椅子の後ろを握ったままだ。
だったら僕は足を踏まぬよう、ぶつからぬよう、超スローでバックしないといけない。
車椅子はバックするとき、全盲の人を導くのに向いていない。
そこは他の人の腕を持ったほうが安全ではないか。
そういう感覚である。
しかし、三上さんは「チャレンジ。チャレンジ」と言う。
「バックしますよ」
と言って、ゆっくりゆっくりバックする。
「左に向きを変えます」
車椅子の取っ手にどんなGが次にかかるのかを説明する。
だいたいこの世の中で、電動車椅子が全盲の人を導いた例ってどのくらいあり、
注意事項をまとめた人はいるのか、いないのか。
つまり、人類としてのこのシチュエーションの経験値はどうなのか?
まあとにかく道に出た。
次はスピードの問題だ。
僕は五段切り替えの三速まで落とした。
僕の電動車椅子の最高時速は六キロ。
これは電動車椅子が軽車両ではなく歩行者として認められるときの最高時速で
大人が歩く速度より少し早い。
ましてや、三上さんは七〇代の全盲の方である。
三速かと判断した。
「遅いなあ」
と三上さんは言った。
「これぐらいでないと、一緒に誰かと歩いているとき、速い!って怒られるんですけど」
「もっと速くしてほしいな」
僕は四速に切り替える。
信号に来た。
「青だから渡ります。約二センチの段を下りますよ」
ところが横断歩道を渡っている途中で信号が変わってしまった。
左折しようとしている車が二台の車椅子や白杖を見て待っている。
ひとりなら、五速にして、びゅーんと行くのだが、後ろを三上さんが持っているから
急にスピードは変えない。
そのままの速度でまっすぐ行き、車には待ってもらうしかない。
たぶん、うまく行くだろう。
と、その時だ。
援助しようとしたのか。
何をしようとしたのか。
モンテッソーリの元園長、僕の車椅子後部の右に手をかけた。
押してスピードを速めようとしたのかなああ?
わざとこのスピードで行っているんだけどなあ。
しかし、問題はスピードではない。
予想外の力が右にだけかかったため、車椅子が進路を狂わせ、蛇行しはじめた。
具体的には右へと回り始めたので、僕は戻ろうと左にレバーを倒すのだが、
まだ園長が力をかけているから、また右に行こうとする。
僕はまた左に修正しようとするので、結局、蛇行することになる。
つまり、電動車椅子はできるだけ、誰も触らないでほしい。
電車に乗り降りするときのスロープですら手で押さえたり、足で踏まないでほしい。
ただ、ぱちっとはめて、その後は人間が自分の考えで触ってはだめだ。
ぱちっとはまってなくても、僕はそのはまってないスロープを前提にしてどちらにどのくらい重心をかけるか決めて、その上でレバーを操作する。
そのとき、途中でいきなりスロープを人間が触ると計算がかわり、傾いて危ないことになる。
人は来るな-。遠ざかれ-。オレを進路の状況とオレの車椅子のバランスしか考えないでいい状況にほっておいてくれーーーー。
これが、僕の主な気持ちなのだ。
僕は園長に「さわらないで」と言った。
すぐには伝わらない。
「車椅子を触らないでーーーーー」
すると、大変なことが起こった。
ふいに車椅子がすべての力から解放されたのはいいのだが、三上さんまで車椅子を離してしまったのだ。
そして赤信号の横断歩道の上で立ち往生している。
僕は後ろを向いて、あっ、やばいと思った。
でも、三上さんはその状況でも首をかすかに振りながら笑っている。
すぐに後続の誰かが、三上さんに腕を持たせ、導き始めた。
三上さんは、僕が彼にも触らないでと言ったと誤解したかな。
彼ひとりの安定したGなら蛇行せずに行けたのだよ。
園長はなんで僕の車椅子に予想外のGをかけたの?
しかし、結果的には僕は三上さんを道路の真ん中で切り離し、自分が先に道路を渡りきることになった。
車にはどうもと皆が挨拶をした。
これらの経験から僕はわかった。
相手のことを全部理解するのは、自分の障碍についてや、障碍児教育に理解の深い人でも相当難しい。
二人なら、相手と自分のことだけ考えれば、新しい状況についてバランスを決めることもできるが、そこに3つめの力が働くと、それが援助のつもりでも、よほど息があってない限り、余計、ダメです。
これが、タイトルの意味。
戦後の障碍者運動を担ってきた人たち、(あの園長は、障碍児を普通の保育園にいれるための運動では教育委員会に座り込んだファイター)がそろっていて、それでも、まだ足りない相互理解です。