第27回ニッサン童話と絵本のグランプリ、童話の部、佳作作品。
言葉の発達が遅れているが、実は嗅覚が鋭くて、犬とは、嗅覚コミュニケーションをしている、かおりちゃんのお話。
かおりは ものの においを かぐのが だいすきだ。
うまれて さいしょに かいだ においは おかあさんの におい。
あかちゃんのころ おかあさんの むねに だかれて おっぱいを すっていると とても いい においが した。
そのにおいが はなの おくへ はいってくると いつも ふわふわと ねむくなった。
かおりは ことばを おぼえるのが ほかの ともだちよりも おそかった。
みっつに なっても ほとんど ことばを はなさなかった。
そのかわり かおりは いつも くうきの においを かいでいた。
むっと むせかえる くさむらの におい。
おどろいて とびだした ばったの におい。
ひっくり かえした いしの したの つちの におい。
いちじくの じゅくした におい。
きんもくせいの はなの におい。
けんちゃんが あそびに きた。
ふふっ けんちゃんは さっき おうちで カレーライスを たべたのだ。
「おいしかったでしょう、よかったね」と かおりは はなを くんくん ならした。
けんちゃんは それには かまわず へやの かたすみの にんぎょうに めを はしらせた。
「かして ほしいな」と いうように じっと みている。
かおりは 「いいよ」と いう においを だして にんぎょうを てに とった。
すると けんちゃんは あわてて にんぎょうを かおりの てから うばいとった。
かおりが さきに にんぎょうで あそぼうと していると おもったのだ。
かおりは びっくりして「かなしいよぉ」 という においを だした。
けれども けんちゃんは きづいて くれない。
そのよる かおりは かなしい めを して じっと おかあさんの かおを のぞきこんだ。
けれども おかあさんには かおりが なにを うったえているのか わからなかった。
おかあさんの かおから しんぱいの においが ただよって きた。
「かおり どうして あなたは おはなししないの?」
「いっぱい いっぱい おはなし しているよ。」と かおりは においで おはなし した。
けれども おかあさんは それには きづかず なみだを ひとつぶ おとした。
かなしい かなしい においが つーんと はなに はいって きた。
かおりも とても せつなく なって なみだを こぼした。
けんちゃんの おうちの にわには いぬごやが ある。
そこに おとしよりの かしこい いぬの エルマーが いる。
あるひ かおりが やって くると エルマーは かためを あけて はなを くんくんと ならした。
「こんにちは」
「ああ、かおりちゃん。こんにちは。どうしたんだい? このごろ なんだか かなしい においが するね」
エルマーは しんぱいの においで そう たずねた。
エルマーは たくさんの においを かぎわけて はなしかけることが できる。
「エルマーは ちゃんと においで おはなし して くれるのにね」
かおりは むねが あつく なった。
チャラリと くさりの おとを させて エルマーが たちあがった。
かおりは エルマーの くびに うでを まわして だきついた。
エルマーの けは とても ふさふさしている。
ただよう けものの におい。
やさしくて あたたかい。
「かおりちゃん。にんげんが においで きもちを つたえあわないことが さびしいんだね」
「どうして にんげんとは こうして おはなし できないの?」
「それは わからない。でも にんげんは その かわりに ことばを つかって おはなし しているよ」
「ことば?」
「くちから だして いる あの とくべつな おとの ことだよ」
「にんげんは あの おとで きもちを つたえるの?」
「そうだよ」
エルマーの けが かぜに ふさふさと ゆれた。
ゆうがた ごはんと おかずの いい においが してきた。
すると おかあさんが おおきな こえで「ごはんよ」と よんだ。
「ご・は・ん」
その おとは もしかして あの おいしい においの する もの たちの こと?
「ご・は・ん」
かおりは おかあさんの くちの かたちを まねて こえに だして いって みた。
おかあさんの めが はっと みひらいた。
「おどろいた」の におい。
「うれしい」のにおい。
「すきよ」のにおい。
おかあさんの せなかから いろいろな においが いっぺんに ゆらゆらと たちのぼった。
「かおり」
おかあさんは そう さけんで かおりの からだを ぎゅうっと だきしめた。
ああ おかあさんの とっても いい においが する。
おとなに なった かおりは すっかり にんげんの ことばを つかえる ようになった。
それどころか いまでは こどもたちの ために どうわの ほんを かく しごとを しているのだ。
においの せかいと ことばの せかいを いったり きたり しながら。
かおりは いぬたちが においで うたう うたを にんげんの ことばで しょうかいする ほんも かいた。
たとえば としおいた エルマーが なくなった とき さいごに のこした においは こんな ぐあい。
かおりちゃん
やさしい においの する おじょうさん
にんげんなのに
おいらたちと おなじぐらい
はなの きく
すてきな すてきな おじょうさん
たくさんの においで
おいらと はなしてくれて
ありがとう
さようなら