量子コンピュータは、従来のコンピュータとは異なる原理に基づいて設計されたコンピュータです。従来のコンピュータはビットと呼ばれる情報の最小単位で情報を処理します。ビットは0または1の値を持ち、トランジスタなどのスイッチを使って表現されます。
一方、量子コンピュータでは、計算単位として量子ビットまたはキュビットと呼ばれるものが使用されます。量子ビットは従来のビットとは異なり、0と1の両方の状態を同時に持つことができる「重ね合わせ」の性質を利用します。これによって、複数の計算経路を同時に探索することが可能になります。
量子コンピュータは、重ね合わせや量子の干渉などの原理を活用して計算を行います。計算の途中で重ね合わせを制御したり、量子ビット間の相互作用を利用して演算を実行します。最終的に計算結果を観測し、得られた結果を解読します。
ただし、量子コンピュータはあらゆる計算を高速化するわけではありません。量子コンピュータは特定の問題において、従来のコンピュータよりも効率的に解を見つけることができる可能性があります。しかし、一般的な日常のタスクやウェブブラウジングなどの一般的なコンピュータの使用には、量子コンピュータは置き換えられるものではありません。
量子コンピュータはまだ発展途上の技術であり、現在は限定的な問題において有用性が研究されています。将来的には、特定のアプリケーションや科学的な問題の解決において、従来のコンピュータと組み合わせて利用される可能性があります。
超電導は量子コンピュータの中でも代表的な現象であり、そのために非常に低温の環境(約-273.15℃)を維持する必要があります。
IBMの商用量子コンピュータは、一般に「缶」と形容される外観をしています。この外観のほとんどは断熱材と冷凍機で構成されており、量子ビットを構成する超電導回路は内部の一番下の部分に配置されています。この構造は、量子ビットを冷却し、超電導状態を維持するための効果的な環境を提供するために設計されています。
量子コンピュータの冷却は非常に重要であり、超電導状態を保つことで量子ビットが安定した状態で動作し、量子計算を行うことができます。IBMの量子コンピュータはこの冷却システムを使用して、量子計算を実現しています。
ジョセフソン接合という素子を使用した超電導回路では、マイクロ波の照射によって量子ビットを制御し、「重ね合わせ」を利用して計算を行います。この方式では量子ビットの集積化が可能であり、より複雑な状態を表現することができます。IBMは2022年11月に433量子ビットプロセッサ「Quantum Osprey」を発表し、今後も量子ビットの集積化を進める予定です。ただし、この方式にはノイズに対する耐性が低いという課題があり、低温を維持するために冷凍機が必要で装置全体が大きくなるという制約もあります。
また、IBMは2023年には133量子ビットの「Helon」チップを発表する予定です。このチップはモジュール化されており、他のチップと組み合わせて使用することができる特徴を持っています。このようなモジュール化と接続による新たな使い方は、技術トレンドとして注目されています。
Googleの親会社であるアルファベットからスピンオフしたベンチャーのSandboxAQも量子通信技術の研究に取り組んでいます。同社は量子コンピュータの実用化によって従来の暗号が脆弱になる可能性を懸念し、ポスト量子暗号技術の開発に注力しています。
東京大学の古澤明教授と武田俊太郎氏らが研究している光を利用した量子コンピュータは、常温で動作することが特徴です。光はもともと量子的な性質を持ち、光の偏光(振動方向)を用いて情報を0と1にエンコードすることができます。この光パルスを光学部品(ミラーやフィルターなど)で構成された光回路上を伝播させて計算を行います。
この研究では、"量子テレポーテーション回路"を使用して、さまざまな規模や種類の量子エンタングルメントを生成することに成功しています。この方式は常温で動作し、大気中でも使用できるため、通信との相性も良いとされています。
スイッチサイエンスが輸入販売し話題となった中国のSpinQによる卓上の量子コンピュータ「Gemini-mini」は、NMR(核磁気共鳴)を利用した方式です。NMRは元々、原子核に磁場を与えて電磁波を照射し、その時の状態を観測することで化合物の構造を推定する手法です。SpinQはこのNMRを応用し、量子ビットとして使用しています。
量子コンピュータは、以下のような問題に活用されることが期待されています。
量子化学計算
分子や原子の挙動を量子的に扱うため、新しい薬剤の開発や触媒開発、新材料の設計などに活用されます。
最適化問題
旅行セールスマン問題や組合せ最適化問題など、最適な組み合わせを求める問題において、高速な解法を提供できる可能性があります。
量子シミュレーション
エネルギー物理学や素材科学など、複雑な物理現象をシミュレートするために使用されます。
暗号解読
量子コンピュータは一部の暗号化方式を効率的に解読できる可能性があり、ポスト量子暗号の開発にも関連しています。
理化学研究所の量子コンピュータ研究センター(RQC)は、富士通との連携を進めながら、太陽光発電の性能向上に応用できる物性の自動設計手法を開発しました。また、理研RQC-FUJITSU連携センターでは、2023年4月から64量子ビットの量子コンピュータを提供する予定です。
量子コンピュータの課題としては、量子ビットのデコヒーレンス(壊れやすさ)が挙げられます。量子ビットは重ね合わせのまま計算を行うため、現在のコンピュータとは異なりエラー訂正が困難です。
現在の量子コンピュータはNISQ(ノイズのある中規模量子コンピュータ)と呼ばれており、量子演算回数には限界があり、大規模な計算には向いていません。しかし、NISQ上でも使えるアルゴリズムの開発が進められており、エラーが起こることを前提にしたアプローチが試みられています。
しかし、大規模な計算問題ではエラー訂正が必要とされます。NTTなどは、量子ビットを冗長に符号化する量子誤り訂正符号や、ノイズ補償手法といったアプローチを用いて、エラー訂正の課題に取り組んでいます。これにより、エラーが起こる可能性を低減し、正確な計算結果を得ることを目指しています。
量子コンピュータの発展は、「熱を発生しないコンピュータは可能なのか」という思索から始まりました。この問いは、エントロピーと情報、物理から見た情報処理、計算の本質に関わる重要な問題です。
もし計算の本質やその歴史に興味がある場合、日経サイエンス誌の編集長である古田彩氏が慶應義塾大学で行った講演動画が参考になるでしょう。この動画では、熱力学的な観点から「計算」とは何かという本質的な問いから、量子コンピュータの道のりまで、分かりやすく解説されています。量子コンピュータの話自体は動画の中盤以降に登場します。
古田氏は最後に、量子コンピュータが日常的に使われるようになると、量子力学も身近に感じられる可能性があると述べています。興味がある方には、ぜひご覧いただきたいとおすすめします。