※この記事には私見が含まれます。
面白さというのは、ここでは瞬間的、刹那的な興奮というよりは、何回も再現してみたくなるようなシーンだったり、自然にそれに対して好奇を抱くようなものを指すことにする。
SteamやEpic Game Storeなどでは、日々多くのユニークなゲームタイトルがリリースされている。その中には今まで考えもしなかったアイデアを持ち合わせたゲームがあったり、自分が望んでいた世界観やシナリオがまさに体現されているようなものもある。
例えば、GTAVやSekiro、ValheimにRimworldなどは、どれもが高評価であり、本当にプレイしてみても、やはり面白いと思える。
ゲームの種類は常に増加しつつあり、FPS、RTS、RPG、ローグライクなどの振り分けから、ローグライトやオープンワールドサバイバル、バトルロワイヤル、メトロイドバニラ、雰囲気、ダークソウル系など分類の細分化はとどまるところを知らない。
一度クリアしても、もう一度プレイするというのは、面白いゲームだからこそなのかもしれない。どのような展開がそのゲームに潜在的にあるのかは、一度触れてみればある程度分かるが、面白いゲームならば、そこに一種の挑戦的なプレイを試みることがある。
そして、何回も何回も試行錯誤を繰り返すようなゲームでは、自分の中に常識、もしくは通常こうなるだろうという一種の固定観念が生まれ、それが崩れたりゆがんだりすることが、おもしろさにつながり、プレイに変化を与える。
FPSでは、最近だとValorantというゲームが人気で、私自身遊んでみたが、面白いと思ったのは敵をどう倒すかという点ではなく、ゲームプレイで生まれた自分の型を破る瞬間だったようにも思える。今までは何も考えずに貫いていたところを、いきなり慎重に立ち回ったりするといった具合でだ。こういったことはよりシミュレーションゲームのほうがやりやすい。
例えば、RimworldやKenshiのような偶発的なストーリーテリングがあるゲームの場合、何がどうなっているのかを理解してきたころに起きるアクシデントこそが、最も面白い部分なのではないかと思う。Cities Skylineは資金を無限大にすれば、自由自在に何が起こるのかを楽しめる。しかし、それは自分の中で、どこに繁華街があるのかだとか、工業地帯があるのか、または最も渋滞しやすいエリアはどこかなどの、常識的なことがなければ楽しめないだろう。そういったエリアが一気に変化していくということに面白さがあるといえる。
そして、ストーリーラインが明確なマルチエンディングのADVゲームなどは、ゲームのストーリー性がどのくらい偶発的事象に見舞われるかどうかなどが、最終的に面白さにある程度つながるのではないかと考えている。つまりマルチエンドの数ではなく、ストーリーラインそのものによると考える。
そして、とあるところでこのような考えが生まれたりする。
このゲームの設定がもし、これができたら、あったらどうなるのか。
これは例えば、キャラクターの服装の種類が増えたらとか、建物が壊れたらとか、地球規模だったらとか、同じジャンルのほかのゲームでも運用性があったらなどである。
一つのゲームがおもしろくあったら、乃至は100時間でも何かゲームを続けていればそのような考えは出てくるわけで、しかし、ゲーム自体はそこの領域までは提供してくれない。これはある意味で地平線であるように思える。
この面白さの地平線はいったいなぜ生まれてしまうのか、それは単にゲームのやりすぎかもしれないが、考えれば考えるほどに謎である。
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