73 懐刀
悔し気に膝を着く、乱導竜の姿を拳を握りしめ食い入るように見つめる者がいた。
「手を貸してやりたいのですか?いつも、難儀を押し付けられているというのにお優しいお方。でも、良いのですかこのような事はこれから何度でも有りましょうに?」
人形が問う、それでも良いのかと。何度でも繰り返すのかと?
「それでも、ご主人を助けたいにゃ。それが願い、定めなのかもにゃ?」
「わかりました、ならば奴を助ける力を授けましょう。風の精《リャーフ》、炎の精《ショーラ》、土の精《トゥールバ》、金の精《ダハブ》、水の精《マイヤ》、これら五大素《クハムサ・オンスル》の力を我が君に託しましょう、各々存分に働いて見せなさい!」
魔人アスタロトの宣言により五色の光が、一匹の黒いシャム猫の周りをゆっくりと旋回する。五色の光はだんだんと速度を速め、光の渦と化しやがてネコに吸い込まれていった。
「さあ、お行きなさい。愛しい人よ、己の欲するままに力を揮いなさい!」
「アスタロト、ありがとうにゃ。この礼は改めて、では行くにゃ!」
黒いシャム猫が重力を無視して猛スピードで通路をハッチに向かって走り抜けていく様を人形は寂し気に見送ったまま立ち尽くしていた。
「リュラーン皇子、ご苦労様でした。あとは、こちらで引き継ぎますので帰還してください」
「くっ」
「あいや、待たれい。ご主人の力はこんなもんじゃないにゃ、今新たな力が目覚めるにゃ。だから、アラクの手は借りないにゃ」
「おい、ネコ、お前そんな大言壮語ぶちかまして大丈夫なんだろうな?あとで、出来ませんでしたじゃシャレにならないことになるんだぞ。この月の崩壊も有り得るんだからな!」
「心配ご無用にゃ、ネコの力は無限大にゃ、まずはあの辺りの流星三つ落とすにゃ!」
自信満々に右手の爪三本を向けるネコ、その先には確かに接近する三つの流星があった。流星は在ったが、一つは炎に包まれ激しく燃え尽き、一つは突如前方に現れた巨大な氷の塊と衝突して粉々に砕け散り、もう一つは濃密なガスの流れに吹き飛ばされていった。
「炎の精《ショーラ》、水の精《マイヤ》、風の精《リャーフ》、良くやったにゃ。次はあの辺りの沢山にゃ、面倒だから派手にやるにゃ、覚悟しいにゃ!」
ネコの右手が指す方向には、無数の流星が接近していた。それらも、瞬く間に眩い光と高熱を受けると蒸発していった。
光の到来した方向を辿ってみると宇宙に浮かぶ巨大な鏡がいつの間にか出現していた。
「土の精《トゥールバ》、金の精《ダハブ》、次も頼むにゃ。あの辺りの流星を落とすにゃ!」
鏡の向きが、瞬く間に修正されていく。虚空に浮かぶ土色の人形たちが鏡の向きを操作しているようだ。その結果、収束された太陽の光が流星群を蒸発または爆発させていく。流星といっても、すべてが岩でできているわけではなく氷なども含んでいるためそれらが急激な温度変化で気化して流星を破壊していくのだ。
三十分程で、流星群の対処が終わった。月に衝突する比較的大型の流星については破壊し尽くしたからだ。
「リュラーン皇子、お疲れ様。本日の対処は終了です。帰還してくださって結構です。しかし、あのような隠し玉をお持ちとは羨ましいですね。ではまた、後ほど」
「了解、ネコ、帰るぞ」
「はいにゃ、ご主人」