欺く風が海原に渦巻く。
「そう、生きていたのね。やはり」
スカーレットは小さく呟く。
「ふふっ、仮初の力を振るうだけの能無しが大物気取りなの?まあ、中東の半端な料理も飽きたしいいけどね」
西城斎酒《ゆき》が、空中で肩を竦める。
「何度来ても同じよ、散り逝きなさい。闇《サラーム》、炎の精霊《ショーラ》よお願いね」
スカーレットの両腕から紅蓮の炎が、斎酒に襲い掛かる。
「ふう、その程度が何になると言うの。それとも、これが最後のあがき?」
斎酒が溜息を吐くと、周囲が、海面すらも凍り付いた。
「くっ、流石に一手で消滅させるのは無理のようですね。闇、風の精霊《リヤーフ》よ、塵になるまで切り刻んでね」
凄まじい速度で渦を巻く竜巻が無数に、斎酒を蹂躙する。艶やかな髪を、蠱惑的な衣装を、魅惑的な身体を切り刻む。
ものの一分ほどで、斎酒が居たあたりの凍った海面には塵しか残っていなかった。
「愚かな、キジも鳴かずば撃たれまいに・・・・・・ うっ、想像以上に魔導の行使で身体が参ったみたいね、でも今宵は新月。きっと竜が来てくれる・・・・・・」
カツカツ、という音が響いた。鳥肌が立つ思いがした。
美しい蝶が舞い、甘い調べがどこかから聞こえてくる。いつの間にか、一人の麗人がそこに佇んでいた。
「そろそろ、身の程知らずには退場していただかないとね」
「え?何故、まだ生きているの?西城斎酒!」
「愚か、傲慢、猜疑を知らぬようでは詐欺《スキャム》の蔓延るこの世ではどうせ生きて行けぬであろうなあ。そろそろ引導を渡すのも慈悲というものね」
青白い炎が、凍てつく極限の冷気が、音よりも早い風の嵐が、スカーレットを容赦なく叩きのめす。
「うっ、このままでは。嫌よ、こんな世界で竜に合わす顔が無いわ。せめて、一太刀」
ボロボロになったスカーレットの成れの果てが黄金に輝き、斎酒に襲い掛かる。
「ふっ、往生際の悪い女ね。嫌いじゃないけど、足掻け、藻掻け、それが神への奉納の舞というもの。だけど、飽きたわね。回収しましょうか、リサイクルは大切よね」
斎酒が払いのけた黄金の襲来は、海面の氷の上で三度跳ねると白い物に覆い尽くされた。白い物は、わずかに動いて、いや、蠢いていてその体積を徐々に減らしていた。
「ふう、やっと地球に来れたなあ。海ばかりだが、うん?何故に海が凍り付く。スカーレットは何処だ?」
新月の夜、再び異世界から地球に降り立った乱導竜は、アンドロマリウスにスカーレットの探知を命じた。アンが示した場所を見ると、妖艶な美女が見下ろす凍った海面に蠢くウジに集られた女の遺体があった。
「一つ聞くが・・・・・・ そこのお方、その女を知ってるか?」
「ええ、スカーレットとか言ったかしら」
竜の眼が怒りに燃え上がった。