冷たい風が吹きすさぶ、広大な雪と氷に覆われた大地。北の大陸の印象を言葉にするとこうなる。ただ、このような厳しい環境にも人類は適応し住居を構え、街を輿し生活している。
広大な北の大陸の形状を大雑把に説明すると、大きな菱形の南西部分に尻尾の様なものがついたような形をしている。そして菱形の頂点は少し西に傾いていた。
北の大陸の産業は、南部の広大な大地を利用した放牧と大規模農業それに沿岸部での漁業である。
流れる水流の様な煌めきを放つ青いドレスの少女が、力ある魔道の言葉を唱えるでもなく周囲を紅蓮の炎で埋め尽くす。力を行使したのは、もちろんソローンだ。
氷で出来た街が瞬時に溶け、家屋の中にあった可燃物が燃え盛る炎の中で踊る。数千人にのぼる老若男女がわずかの時間で息絶えていった。
「ふっ、新陳代謝の為とはいえ、面倒なものだな」
青いドレスの少女、ソローンは呟く。面倒と言えば最近現れた渡人《わたりびと》、異界から来た男の相手をするのも面倒と言えば面倒だ。
マスターはおろか、あのマスターの使い魔のネコにまで気に入られているため、殺すとか半殺しにするわけにもいかず対応に苦慮している。だから、マスターから頂いた真の名はあのような者に明かしていない。
金勘定に才を持つ只の異界人になぜ、マスターがこれほど入れ込むのかまったくもってわからない。
あ あ、貨幣経済だ、金融だ信用取引だとか徴税の改善とかどうでもいいから。
あと、三か所残っているのか、外側からこんがり焼いてやる。 ストレス解消も兼ねて、ソローンは下僕を召喚せずに北の大陸の焼却作業に勤しんでいた。
そのころアンドロマリウスたち下僕一同は、魔導で走らせる船の上でトローリングをさせられていた。
「ふう、失せモノを探すのが得意だからと言って、魚探代わりに使わないで欲しいわ」
「くっ、急に呼び出されて、こんな北の最果てまで。いつも損な役ばっかで、碌なことのない俺だけど。うー、釣りは楽しいな、トローリング最高!」
「うわっ!
うっぷ。なんでそんな所で網を開けるのよ。セーレ、あんた態《わざ》とやってない?」
曳き上げた網から落ちる魚塗れになって機嫌の悪いアンは兎も角、太った身体で網を巻き上げるセーレの禿げあがった額からは、すがすがしい汗が流れていてご満悦そうだった。 この夜の食卓には、珍しい北方の魚や蟹などの珍味が並ぶことになった。
「ほう、なかなかの美味だな」
『ソローンの造り手』は、満足したように笑った。
ソローンも笑顔で、そして異界からの客人すらも満足そうであった。