さらさら、ごしごし、ゴキ、ふう、ガタっ。
製図台の前から俺は、立ち上がった。朝から取り掛かって夕方になり、ようやく月に乗り出すための船、まだ試作機の段階だが、の設計図が出来上がった。
そうだな、そろそろ呑ん兵衛たちには丁度いい時間だな。
「我、乱導竜が命ずる来たれ、セーレ!」
俺の左腕に装着された腕輪の真鍮の壺から煙が出てくると二つの人型を象った。双子の見た目は美男子の魔人セーレだ。
「ご主人様、お呼びにより参りました」
「あんまり、酷い命令はやめて欲しいんだけどなあ」
「あ。俺もそれ思ったわ、兄弟!」
「まあ、心配するな。手紙を届けて貰うだけだからな。これを酒場のケーンに渡してくれ。鍛冶師のドワーフさんへの依頼だと言えばわかる。難しいとは思うが、この設計図のとおりに造ってくれと言えばあの人のことだ何とかしてくれるはずだ」
俺は、双子の魔人セーレの右の方に丸めた羊皮紙を渡した。
「たぶん酒場にはドワーフさんも来ると思うから、とりあえず当座の金は託しておく。これを全てドワーフさんに渡してくれ。それから仕上がる予定日も聞いて来るんだぞ」
俺は、左のセーレの手を掴むと俺の口座からある程度まとまった額の|霊子《レイス》を転送した。
「では、分かったな?よし、行け」
「はい、ご主人様」
「まともそうな命令で、かしこまりましたご主人様」
「ああ、今俺もそう思ったよ、兄弟」
双子の魔人セーレは、開け放たれた窓から夕陽を浴びて風の様に空に舞うと、瞬く間に見えなくなった。
さて、動力の目途も立ったことだし間もなく宇宙船が出来上がって来るだろう。そうなるとテストが必要になる。これはテストパイロットの選考が必要だよね。
こういう時は、ネコさんに相談が俺の基本戦略だ。
うちにも同じ名前の下僕ペットがいるが、タダ飯食いの役立たずだからなあ。
「そうねえ、試験と言っても結局乗るのは竜さんだから。ここはやっぱり竜さんが乗るしかないわね」
「お、おい。何を言ってるんだよ、この人は。って人じゃなくて猫だったけど」
「竜さん、考えが口から出てるわよ」
くっ、あまりのことに動揺してしまったか。熱っ、くそう落ち着くために紅茶を含んだらまだ熱々だったとは。落ち着け、俺、こういう時は身代わりを立てるのが日本古来の伝統だ。
「まあ、ネコさん。まだ開発途中の宇宙船に俺が乗って事故ってしまったら。この世界での人類の発展が止まってしまうじゃないか。そうだなあ、俺の元居た世界では最初の宇宙飛行士は犬が務めたそうだから、ここは泣いて馬謖を切る覚悟で俺の腹心であるネコにテストパイロットをやらせよう」
「そう、面倒くさいわね。操縦系統とか、生命維持装置とかわざわざ本番で使わないような仕様にするなんて。無駄の極致ね、ほんと、邪魔くさいわね人間て」
ふう、なんとか俺の明日は確保したぞ。
「じゃあ、主パイロットは竜さんの所のネコということで。副操縦士は、竜さんで決まりね。あとは、暇つぶし用のボードゲームとかチェスとかの選考が終われば準備完了ね」
「え?副操縦士は俺?何が何でも、俺も宇宙に試験飛行から飛ばないと駄目なの。それは、ちょっとー」
「ああ、心配しないで竜さんは、竜さんでも私の方でホムンクルスを用意するから。本物の竜さんはこちらで機体状況と計器のモニターがあるのよ、そんな遊んでる暇はないわよ」
ネコさんが悪戯っぽく、ウィンクして締め括る。俺は遊ばれていたのか?
このどうしようもない怒りは、ネコにぶつけるしか俺の傷ついた心を癒す手段はないな。
「おーい、ネコ!」
「おかえりな、ご主人。ご飯の時間にゃ」
ほほうー、ご主人様が働いているというのに気ままに昼寝していて第一声がそれかあ。
「まあ大事な夕食の前だがネコ、お前に言っておくことがある。短い付き合いだったが俺の為に死んでくれ!」
「え?な、何を、ご、ご主人」
真黒な体毛なのに、ネコの顔から血の気が引いているのが判るのは何でだろう?
「 ・・・・・・ まあ、冗談はこれぐらいにして」
「な、なーんだご主人も冗談がきついにゃ」
「別に死亡確定のミッションインポッシブルじゃないからな。お前を栄えある異世界初の宇宙船|試験飛行士《テストパイロット》に任命する。なお、任務に失敗して君が死亡しても当局は一切関知しないのでそのつもりでな、ふっ」
「にゃんですとー!」
黒いシャム猫は、珍しくも夕食も取らずに驚愕の表情で固まったまま夜を過ごすのであった。