「おい、酒をくれ。安い奴でいい」
「では、お代を先にいただきます」
「な、なんだと!お前、誰に物を言ってるんだ!!」
バーテンは、薄汚れた身なりの男を一瞥すると、薄く笑った。
「いえね、別にお客さんがどうこうっていう訳じゃないんですがね。あんたは仮想通貨を持っていないみたいだからね。うちは、独りで切り回してるからレジみたいな上等なもんは置いてないんですよ。だから現金払いの人には、面倒でも直接お金を貰って俺のチョッキのポケットに押し込むのがうちのルールなのさ」
「ふう、どいつもこいつも仮想通貨かい。へん、こいつなら文句はあるまい。これで飲めるだけ飲ませろよ」
「こいつは、ふーむ王国金貨かい。お釣りは出せないけど二、三日飲み放題でいいよ、あんた気に入ったよ。大きな声じゃ言えないが、現金取引にはリスクが伴うが国に払う物が無い分実入りが大きいんでな、よい子のみんなには内緒だよ」
革のベストにナプキンで大事そうに金貨を包んでからしまい込むと営業スマイルとともにバーテンは少し上等のウィスキーのボトルとグラスをカウンターに座る男の前に置いた。
「ふん、現金な奴だな。うーん、だがいい酒だ。適当につまみも貰おうか」
「大したものは、出して無いよ」
しばらくして男の前に、置かれた皿には魔物肉と野菜の煮物が置かれていた。スパイスの香りが南国由来の辛さを漂わせている。
「ほう、こいつは辛いが美味い。酒に合うかは微妙だが食欲をそそるな。
ところで、この辺で腕の立つ鍛冶屋がいるそうだが知らないかい?」
「鍛冶屋ねえ、見たところ腰に剣も差していないし。鍬か鎌でも欲しいのかい、それならフトカラ商会に行けばいい。大概の農機具や調理道具は揃う、わざわざ鍛冶師に頼むほどのもんじゃないだろ?」
「ふふ、いや凄腕の鍛冶師の噂を聞いたんで旅の土産話に一つ特注のヤツを頼みたいんだ。情報を仕入れるのは酒場に限るってのは、俺のじっちゃんの教えなんでね」「まあ、仕事を受けてくれるかはわからないよ。この道を町の端の方まで行くと大きな煙突のある小屋がある。そこを訪ねるといい、ケーンの紹介だと言えば門前払いはしないだろう。しかし、物好きだねえ、あんたも」
「ふ、よく言われるよ。この煮込みをもう一杯くれ」
薄汚れた男は、酒場を出ると町の端まで歩いて行った。酒場のバーテンが言ったとおり、大きな煙突のある小屋がそこにあった。
「そこにいるのは、どなたかな?」
「俺は旅の者で、竜という。凄腕の鍛冶師だと、ケーンに聞いてきた。仕事を頼みたいんだが?」
「わしは、ワフードという。仕事?剣は使えるようだが、腰には差しておらん。それに得物を欲しているようにも見えぬ。いったい、何を打って欲しいのかのう?
ケーンの紹介なら、やらんこともないが」
ワフードと名乗った顎髭を伸ばした背の低い小柄な男は、仕事場に乱導 竜を招き入れた。そこで改めて仕事の話をしろと、言外に金では転ばない。やりたい仕事だけ受けるという職人の意地のようなものを感じる。
「どう、言えばいいのかなぁ。金属の筒とか金属の管とか、金属の球体の中に複数の金属の球体と粉を入れた物とかなんだが」
「ふむ、鍛冶師の仕事としては前代未聞で面白そうな気もするが。
一つ聞くがいったいそいつの目的は、それは、なんだ?子供の玩具か、店の飾りつけか?そんなものにふる槌をわしは持たんぞ!」
竜は、憧れと焦燥を湛えた顔で一言つぶやいた。
「乗り物だよ、俺はあの月に行きたいんだ。いや、違う。行かなくちゃいけないんだ!」
「な、なんと言った?」
「ワフードさん、あんたも夜には見たことがあるだろ。あの月に行くための乗り物を作るんだよ。それには、あんたの腕がどうしても必要なんだ!」
しばらくの間、沈黙が支配した。
「そうか、月。あの夜空の月へ行くための乗り物か。面白い、わしの、わしこそがその大役に相応しい!」
「やって、くれるかい。ワフードさん」
「おう、やらいでかい!」