『母さんにはもっと長生きして欲しい。娘としてそう考えるのは当然のことでしょう・・・・・・』
何処からか疾《と》うに消え去った、リーベンスの口に出来なかった問い掛けが宝物庫の中に響く。
今まで事態の推移を見通すように沈黙を貫いていたホムンクルスは、虚無の表情を浮かべるキールを見つめると肩を竦め、空中に浮かぶ己の胴体を掴み大事そうに床に横たえた。
『ショックから抜け出せないのも致し方ないか、このまま無念を放置するのも禍根を残す恐れもあり問題だな・・・・・・。
キール、少しの間だが小娘と話をさせてやる。
きっぱりと疑念や未練を捨てることだな』
ホムンクルスは、己の大切な胴体の回収前にリサの仮初の命にステージを提供するため生首と胴体の受け皿を調整した。
不思議なことに、ホムンクルス本来の胴体に装着した生首は傷口が瞬く間にきれいになくなり死蝋のような色からピンクがかった色へ生気を取り戻していた。
胴体に繋がれた瞼が痙攣し、ゆっくりと開かれる。戸惑いから、夢から醒めたような虚ろな声で問う。
「う、うーん。え?、キールは大丈夫、無事なのね・・・・・・ 良かった」
「リサ、お前のお陰で俺は致命の鞭を受けずに済んだ。ありがとうな・・・・・・」
キールはリサの元に進むと、恐る恐る頭を掻き抱いた。一筋の涙が零れて、リサの顔を濡らす。
「もう、キールは泣き虫さんね(笑)
でも、あまり時間は無いのよね?ホムンクルスさん」
『そのとおりだ、今は我の魔導で抑えてはいるが直《じき》に我の胴体《ボディ》との拒絶反応が出て仮初の命も終わるのだ。リサよ、伝えたいことがあればさっさと話すが良い』
「そうね、あの娘は私の、いいえ私たちの娘よ。あの素敵な嵐の夜に授かったのよ。誰に教わったのか?それは知らないけれど、私が死ぬのが嫌だったのね。
だから、騙されて馬鹿な娘のまま死んでいったのよ。
さっき、私が死んだからあの娘の生まれるべき運命も変わってしまったけれど。あの素敵な嵐の夜の大切な、大切な私たちの宝物、想い出ね」
「そうか、あのときの夜か。たしかにやんちゃな所は母親似だったな(笑)」
「人の気持ちに気付かない、鈍感なところは父親似だったわね(笑)」
ひとしきり二人が笑い合うと無言で見つめ合った。楽しいときにも運命の刻は無情にも非情の刃を落とす瞬間が来た。
虹色の光が、一際輝くとリサの首は何処へともなく消え去った。
『キール、己の務めを果たせ。過去に縋りついても、リサは喜ばぬぞ!』
「ああ、お宝を回収して帰ろう。残りのお宝も必ず手にして見せる!」
(火の様な焦燥感が我を攻め立てる。早く、一刻も早くマスターを見つけねば。いや、解っているマスターは最強の魔導師、故に心配する必要も無いことを・・・・・・
だからと言って、万が一のことが有るやも知れぬ。我の身体はマスターが精巧に人間に似せて造った代物、故に気持ちが昂れば呼吸や鼓動も早くなるまるで人間の様に。そして、言葉を荒げれば気持ちも引きずられて冷静さを欠くことになる。
今は、マスターを見つけるまでは隙を作る訳にはいかぬ・・・・・・
だから、私は一人称を「我」と替え、尊大に冷酷に自身を戒めている。失敗は決して許されぬ最高優先度の任務遂行中だからだ!
マスターは私がきっと見つけてあげるからね、待ってて・・・・・・)