謎の女に連れられて門を潜った俺たちの進む先には、岩をくり抜いた通路があった。通路の壁面には不思議な照明装置でもあるのか適度な明るさが保たれていて不自由なく歩くことが出来た。
謎の女を追いかける形で門を抜け、長い道のりを超えていくうちにいつしか岩盤をくり抜いた通路から白っぽい金属の通路に変わっていた。俺たちは建物の中に居た。
なお、俺たちが地球に比べて約六分の一の重力しかない月で何の不自由も無く活動できているのは重力を操る魔人ビレトを俺が従えているからだ。
実は、忙しいスケジュールの合間を縫って下僕一号のツンデレな好意のおかげで彼女が従える魔人七十二人争奪、対魔七十二柱組手(挑戦者を全員で囲んで逃げ場を塞ぎ五分に一柱の魔神が対戦者チームに加わると言う超絶過酷な試練で、人類で達成した物はかつていないらしい)をどうにかクリアして手に入れた力だからな、これからも頼りにしているぜ。しかし、愚痴も言わず黙々と働くとは動力担当で双子の誰かさんとは大違いな良い奴だ。凄い、怒りんぼだと聞いていたが見ると聞くとは大違いということなんだろう。
俺たちの前を歩く謎の女は迷うそぶりも見せずに複雑に分岐する回廊を時折俺たちが遅れずについて来るかを確認しながら進んでいく。
かなりの時間を俺たちは謎の女の案内に従って歩いていたが、通路の行き止まりの前で女が静かに腰を折った。。
「お待たせしました、こちらで我が主人があなた方とお会いすると申しております。どうぞ、お入りください」
継ぎ目も見当たらなかった行き止まりの壁が音も無く左右に分かれて部屋の入口となった。入り口を潜ると天井がかなり高く取られており、地下特有の圧迫感は感じられなかったが、何故か俺たちは水の中にいるような感覚を味わいながら部屋の奥に進んでいった。 俺たちに呼びかける女性の声が唐突に聞こえた。声のした方、少し視線をかなり上に向けると薄物を纏った威厳と美しさを併せ持つ女性が浮かんでいた。
「勇敢なる旅の者たちよ、長い旅路ご苦労であった。さぞ、疲れたことであろう。良い楽にしておれ、少々話は長く掛かるからな」
「貴女はいったい?」
「まあ、座って話を聞くが良いぞ」
いつの間にか、俺たちの前には銀色の立派な椅子が腰かけるのを待つかの様に人数分現れていた。まあ、いちいち断って反応を見るのも駆け引きとしては重要だが今じゃないだろう。俺が座ると、他の者も俺に倣って座った。
「そうだな、我が名を聞くということはそういうことなのだな。まあ、無理も無かろう悲しむべきことだが・・・」
女は悲し気な顔を数十秒ほど伏せたが、再び顔を上げたときには微かに笑顔であった。
「祝え皆の者、我が名を聞く栄誉に浴することを。我が名は、キリュウ・グツチカ・シトゥール、月の女王である」
うん?女王様か、な、なんで俺を意味深に見つめるのかな?
「そして又の名は、其方《そなた》リュラーン皇子の姉にして妻じゃ!」
「ごふっ、なっ、何!姉?で俺の奥さん?何のことだ!」
俺は、飲んでいたコーヒーを盛大に噴いた。
「うん?どうした、久々に合うて感動のあまりに粗相をしたか。まあ、致し方ないな弟にして我が夫、我の罪作りな美貌が全て悪いのじゃからな」