『こ、これは?』
魔人サミジナは懐に大事に収めた羽を出して見つめた。
(もしかしたら、主殿をお救いできるやも知れぬ。ならば、今日死のうとも明日に憂いを残す愚かは出来ぬ・・・・・・)
慎重に気配と足音を消し、誤魔化すための陽動用の傀儡も何体か配置して魔人サミジナは主のもとへ馳せ参じた。
『主殿!いま、お救い申す。紅いはリンゴ、リンゴを噛むと血がしたたる。滴る血は赤い、赤いは炎。炎が燃えれば命も燃える!
我、命を捨て主殿をお救いせん!』
魔人サミジナが裂帛の気合のもとホムンクルスに覆いかぶさると紅蓮の炎がホムンクルスと魔人サミジナを包む。
紅蓮の炎が大きく揺らめく様はまるで赤い幟《のぼり》の様であった。
「くっくっく。何を血迷うたか意味不明な戯言をほざいたかと思えば主従ともども焼身自殺かい。ほんに、興ざめじゃないか!」
シャム猫が苛立たし気に毛を逆立て地面を爪で引っ掻く。
うん?な、なんだ?
シャム猫の後ろに音も無く現れた黒装束が小太刀を一閃、遅れて躱すシャム猫の逆毛を数本切裂いた。
「ほう、どんなトリックを使ったか知らないがまだ生きていたようだね馬面魔人が!」
『拙者サミジナと申す、主を傷つけた所業許し難し。死出の旅に誘うて進ぜよう、!』
無味無臭の粉がサミジナの手から風に乗ってシャム猫の方に流れていく。
「ふん、毒や薬の類が効くと思うたか。この痴れ者が!えい、やー」
シャム猫の猫パンチから生ずる凄まじい衝撃波が魔人サミジナを滅多切りにしていく。血塗れになったサミジナはふらふらと左右に揺れていた。
「ふん、他愛もない。ふぁーああ」
『ふっふふ、鍛えに鍛えあげた春花の術が目に見えるようなチャチな物だと誰が言ったのかな。まあ、春花の術の前に風下に立ったうぬの負けよ。先ほどの攻撃も効いたように見せかけただけのこと』
「くっ、頭がくらくらしてくる。か、身体が痺れる。貴様、何をした?」
猫パンチを振り切ったシャム猫の状態が傾いだ、いやぶるぶると足を震わせて暫く耐えていたが引っ繰り返った。
『ふっ、忍術の奥義をわざわざ敵に喋る訳がなかろうに。まあ、うぬに言っても理解できまいが・・・・・・』
今回サミジナが使用したのは、猫科の動物が陶酔状態になる原因であるマタタビの葉から抽出したネペタラクトールという物質と玉ねぎから抽出したアリルプロピルジスルフィドを配合した特殊な対C《CAT》兵器をあるルートで入手したものだ。忍術には化学を応用したものが実は数多くある、故に非情の冷徹な心が要求されるのだとサミジナは思っていた。
小太刀に、対C兵器を塗るとサミジナはシャム猫を一刀両断した。
『ふぅ、これにて主殿救出の謀《はかりごと》完遂でござる!
主殿、さあこの場を離れましょう』