マリアの部屋で出された茶を飲みながら待っていると、用意が出来たとヒナギクが呼びに来た。俺たちは案内されて、頑丈な扉のある部屋の前に着いた。
「ほれ、入るぞ。ナルシュ」
「いや、竜殿。俺はマリア以外と、そういうことをする気にはなれぬ。俺はマリアの部屋で酒でも飲んでいるから勝手に楽しんでくれ」
「ふっ、ナルシュ。お前さんは、物事を固く考え過ぎなんだよ。たとえ岩だろうが、鋼鉄の剣だろうが刻一刻と姿を変えているってことに、そろそろ気付いてもいい頃なんだがな」
「うっ、しかし」
「もうつべこべ言うな、旅に出たのは見聞を広めるためだろう。一人に拘り過ぎるな、視野を広く持て!そんなことだからお前は、ハードフォークを会得できないんだ!」
俺は、半ば強引にナルシュを案内された部屋に押し込んだ。
部屋の中には、薄物を着た美女とカーテンの奥にもう一人女性が居る様だ。
「ようこそ、乱導 竜様、ナルシュ様」
「おう、これは美しいな。決めた今日の相手はお前だ。名は何という?」
「まあ、嬉しい、ディーテと申します。では、ナルシュ様はカーテンの奥にいる者にお相手させましょう」
ナルシュは、カーテンを開いて奥へ進んだ。わずかにお香の匂いが漂い、欲望を刺激する。
「ナルシュ様、どうかその娘の仮面は取らないようにお願いしますよ」
「それは、良いが」
カーテンの奥では、目元を隠す仮面を付けた美女が正座してナルシュを待っていた。
「お主、名は何という?とりあえず、時間まで俺と適当に戯れている振りだけしていてくれ。なに友人の悪ふざけに付き合わされていて困っているのだ、はは」
「M78号と申します。でもお客様、それでは私が後で店の者に叱られます。どうか、助けると思って私を存分に好きになさってください!」
「いや、すまぬな。俺はマリア以外を抱きたいと思わなくなってしまった。それにしてもお前はマリアに雰囲気がそっくりだな、仮面で隠せていない整った鼻といい、スタイルといい、声も」
「いえ、そ、そんなこと、あるはずがございませんわ」
「竜さまー、うん」
「ふっ、俺たちの相性は抜群のようだな。だが、あっちがどうも盛り上がりに欠けるな。白けた。来い、ディーテ加勢してやろう」
俺はしな垂れかかるディーテから離れると、奥の間に進んだ。
「もっと、うーん、意地悪ぅ」
「仮面が美しさを隠しきれておらぬな、どれ酒を注げ。名は何という?」
「はい、どうぞ。M78号と申します。仮面を付けての出仕、ご無礼仕ります。故あってのことなれば、なにとぞお許しください」
俺は、注がれた酒を不味そうに飲んだ。
「しかし、場がしらけているな。ナルシュ、お前まさかこの場に及んでもしり込みしているのか?つまらん奴だな」
「いや、何度も申しているとおり俺はマリア以外の女とやる気になれん。放っておいてくれ、そっちはそっちで好きにすりゃあいいだろ!」
ふーん、しょうもない奴だ。ならば、見せつけるとしようか。
「では、勝手にやるか。M78号可愛がってやるぞ、ディーテも手伝え」
「はい。なんだかこうして見ると、私たちの憧れ、マリア姉さんみたいだし。この機会に悪戯しちゃおうっと」
「そういうのは、二人きりでしとうございます。お、おふざけになっては。い、いやぁ」
こうして、俺たちは嫌がるM78号と戯れていた。二人の手から逃れようとするM78号の動きが一際激しく首を振った瞬間仮面が外れ良く知った女の顔が現れた。
「ま、まさか?」
ナルシュはさっきまでM78号だと思っていた女が、今や恋い慕うマリアに変じて混乱していた。M78号が抗ううち隠されていた太腿にある特徴的な痣、確か昨夜見たマリアの太腿とそっくりな位置にあった。今にして思えばそれは、そっくりなはずだマリア本人ならば?
「M78号、お前、まさかマリアなのか?」
「えっ、そ、そんな訳があるわけないじゃないですか。あっん、ナルシュ助けておくれ」 つい、快感に気を許して気安くナルシュの名前を呼んでしまったM78号は、しくじったという感じで顔を背けた。
「どうにも、仮面が邪魔でよそよそしかったが美しいはずだ。なんだマリアだったのか、ならば気心も知れた仲、遠慮はいらぬな。三人で今宵は、大いに楽しもう。そこの虚けは放っておいてな!」
「いや、竜様お許しください。きゃっ」
「くっ、くそ。なんで。マリア」
どこからか、負け犬の慟哭が聞こえる。
「マリアー、なぜだ?」
耳を塞いでも聞こえる、愛しき女の声。
ナルシュは、傍らで耳を塞ぎながらもどうしても視線を外せずに一部始終を見ていた。 拳を握りしめ歯を食いしばり、途中何度か居たたまれなくなり目を背け、耳を塞いだがやはり気になって愛しきものの姿に目が戻ってしまった。
安らかな笑みを上気した顔に浮かべる愛しき者を見て、またしても慟哭が漏れる。
「ああ!、こ、こんなのは嘘だ!」
悲痛な叫びを漏らすナルシュに、俺は少し大きな声で静かに尋ねた。
「どうだ、ハードフォークの意味がわかったか?」
「そ、そんなこと。この状況で考えられるはずが・・・」
(こ、こんなことがあっていいのか?俺のマリアが目の前で汚されていった。狂おしい、昨日までのマリアは、もうここには居ない!)
ナルシュは一種悲壮感に浸りながら尚も俯いていた。
「刺激が強すぎたか。展開が急すぎて、整理できていないか。だが、もう気付いても良い筈だがな。なら、これならどうだ?マリア、入って来い!」
部屋に、二人目のマリアが現れた。
「心配するな、さっき俺が抱いていたのはマリアではない」
「ナルシュ、極意を掴んだそうですね。おめでとうございます。よ、よかった」
堪えてきたものが、込み上げて最後の言葉は涙とともに零しながら、マリアはナルシュの胸に飛び込んだ。
ほんと、傍で見てるだけで胸焼けするな、この二人と来たら。
「おい、偽マリア。お前の正体をこの石頭に教えてやれ」
「はい、私はマスターによって、マリアさんの細胞を元に造られた|人造人間《ホムンクルス》、M78号です。先ほどは、ご無礼いたしました」
「ナルシュ、さっきお前はM78号を見ていて思ったはずだ。こいつは、偽物だ!俺のマリアは別にいる!!」
「そ、それは。たしかに、あのマリアが嘘で、本物のマリアがいてくれればどんなに良いかと思いました。」
「それを感じられれば、お前はハードフォークを会得している。
あとは、枝葉末節な技術的解釈だけだ」
ちょっと、師匠として解説をメモ書きにしてナルシュに渡した。
ハードフォークとは、仮想通貨の大きなシステム変更に伴う分岐だ。(ソフトの更新だけで、分岐を伴わない場合はソフトフォークと呼ぶ)
ここドーエ共和国で主用となる仮想通貨は|霊子《レイス》だ。SNGなど他の仮想通貨との当日レートで取引も自動でこなせるが大陸に特化しているため、海を隔てた伝達が弱い。
だが、ナルシュの所属する国、ハナ王国はナッキオ群島、島で構成されている。だから、ただ霊子を流用しても問題が発生する。
霊子からハードフォークしたEJには、海水での伝搬機能も追加する。
それとノード(伝達の中継点)となる人物を選んで、島に配置することでより情報伝達が上手くいくはずだ。
翌朝、ナルシュはハナ王国へ帰えることになった。
「短い間でしたが、ありがとうございました師匠」
「ふっ、不詳の弟子一人では心許ないからなあ、餞別代わりだ持って行け。マリアはノードにもなれるくらい優秀だぞ。まあ、がんばんな」
俺は、こっそり身請けしていたマリアをナルシュに押し付けた。
「師匠、あ、ありがとうございました」
「お元気で、竜様」