少女はパンプキンパイを口いっぱいに頬張ると不機嫌に天を仰いだ。 無作法な、何奴? もぐ、もぐ。
「ほう、我の気配に気付くとは。なかなか見所のある奴。
我が名は天界の十一使徒の一人、殲滅のザキエル(仮)とは我のことよ!」
白き鳥が、尊大に叫ぶと眩い閃光に街の人々は目を晦まされた。鳥の姿は消え去り、後には孔雀色の薄物を羽織った嫋たおやかな美女が嫣然と微笑んでいた。その背中では白い鳥の翼が優雅に羽ばたいている。
「面倒くさい」
少女は、力を開放した。
ズバンっ! 孔雀色の薄物と、左の翼が切り裂かれていた。
美女ザキエルは涼しい顔で少女に語る。
「ほほ、それがそなたの実力か。魔族の分際で天界の使途に刃を向けた罪、とくと味わうがよい。そーれ」
数十本の光の矢が、少女に突き刺さる。少女の手足から夥しい鮮血が飛び散る。
「まだ、倒れぬようじゃの。これではどうかの?」
百本以上の光の矢が、少女へと向かい、突き刺さる。押しつぶす。
「まだか、まだ倒れぬか」
千本以上の光の矢が、またも少女に突き刺さり、その美しかった肢体を無残に引き千切っていく。
「いやー。母さん、酷いよ!」
街の子らが、惨い仕打ちに嗚咽する。
「レイ、だめ、見ちゃだめ。私ら平民はどんなに酷いことがあっても直視しては駄目、目をそらすしか無いの。だめよ見ては悪が蔓延ろうとも、私らは知らぬ存ぜぬで生き抜くのよ」
「やだー、お母さん。綺麗なお姉ちゃんが死んじゃうよぉ!」
「ふふん、他愛もない。この殲滅のザキエル(仮)が直接手を下すほどの者では無かったか、まあ良い暇つぶしになったか。うん?」
ザキエルは背筋を異様な物が這い登るかの錯覚を覚えた。
ばしゅっ! 四つの光の輪がザキエルを捉えた、すると。
ザキエルの手足が胴体と泣き別れになっていた。
「あはは、もう笑わせないでよ天界から三下が来てあまりに偉そうだから茶番に付き合ってあげたけど。どう?もう満足したかなあ?」
ザキエルは信じられなかった。あの少女が無傷で笑っていたからだ、では先ほどまでザキエルの繰り出す数百、いや千を超える数の光の矢が損壊していった少女は何だったのか?
「なぜ、このような事が起こるのだ。神よ、天界の十一使徒たる私が無様に息絶えようとしているのに!なぜ奇跡を起こそうとなさらないのか?
殲滅のザキエルが魔族共の手に掛かり、地に伏せようとしているといううのにっ!」
「まあ、なんだ。力の差って奴だね。これに懲りたら、私の元で一生懸命に学び直しなさいな。真の力って物をね。
ほんじゃあ、我が名はソローン!『ソローンの造り手』様により生を受けし者、現在、この時より我の使途、下僕となれ『座消える』(真名)とやら」
ザキエルは、煙となり真鍮製の壺の中へ静かに消えていった。
「あ、そうだ。さっきは応援ありがとうね。お礼にチェリーパイあげるね。
でも、これからはお母さんの言うとおり危険は避けてね、じゃ」
母親にしがみ付いていた少女は、急に安堵の笑みを浮かべた。