15 邂逅
ハナ王国から来た男は、土産替わりの魔物肉の塊を買うと賑わう市場を後にし、マリアの待つ娼館へと足早に向かった。
一応ハナ王国に仮想通貨を広める気になったが、具体的な手法やそもそもの仕組みがまだ飲み込めていなかったため、それなりに情報通のマリアに聞けばヒントくらい聞けるだろうと思ったのだ。
娼館の番頭に戻った旨を告げると、すぐにヒナギクが呼び出されマリアの待つ部屋に案内された。その部屋は昨日泊まった部屋よりも奥の方に恐らく角部屋で、何故か窓が二重になっていたり、壁にはいろいろな獣や魔物の毛皮が張られており一段と豪華になっていた。
うぬ?正体がバレたか、まあ致し方ない。
「マリア戻ったぞ、なんだ部屋が豪華になっているが気を遣わせたか?」
「ようお戻りになられました、主《ぬし》様。ええ、なんでも店の娘たちから夜更けの声が大きくて眠れなかったって苦情がありましてね。まあ、お客が妙にハッスルして乗りかかってくるもんだから次の日の商売に障るなんて言いだすもんですから。
普段あんなに声なんか出さないもんですから、元々私に与えられた部屋を店で二番目の売れっ娘に貸していたんですが返してもらいました。ここなら防音完備で、気兼ねなくできますから。
ええ、心得ておりますよ。夜になればその気になるってもんでしょう?別に疲れているならマッサージで心と体の疲れを癒すのもいいもんでしょうけど、私にも女の見栄ってものがありますから、それはもう頑張りますよ。
この部屋なら、今夜は気兼ねなく。ねっ」
大事なことらしく二度言われたので男としては、精々がんばるけどな。
「そうか、別の気遣いか。ほれ、土産を買って来た」
「まあ、その肉なら色々料理し甲斐がありますね。ヒナギク、肉をあの箱に入れて置いておくれ」
ヒナギクは、重そうに肉の包みを受け取ると奥に引っ込んだ。
「主様、おひとつ」
マリアの酌で酒を飲み、様々な肉料理を食う。なんかヤレル気がしてきたな。
「ところで、マリア。市場で、いろいろ見聞きして、確かに仮想通貨は便利だと思ったが、南に、ハナ王国にあれを流行らせたいんだが。
どうもまだ、その仕組みもよく判っておらぬ。諸々のことを教えてはくれぬか?」
「そうですねぇ。それでしたら、そろそろ主様のお名前を明かしちゃくれませんか?羽振りの良さから見ても、只者とは思えません。それによっちゃ、出来る話出来ぬ話もありましょう。心配しないでくださいな、私が一旦気に入ったのなら成らぬ話も成らせましょうに」
マリアは、妖艶に微笑んだあと、ポンと腹のあたりを叩いて見せた。
「そうだな。俺は南の大陸は通称で、正しくはナッキオ群島と言うんだがそこのハナ王国から来た。ハナ王国第二王子のナルシュ・ド・ボンだ」
「なるほど、ナルシュ・ド・ボン様か。それならば、あのお方に引き合わせることも可能でしょう、ナルシュ様とお呼びしても?」
「ナルシュで構わぬ。今は忍び旅だからな、俺もこれまでどおりマリアと呼ぶしな」
「わかりました、ヒナギク。済まぬが使いに行っておくれ。例のお方に、これを見せればわかってくださるはず」
マリアは、懐から赤く輝くコインを一枚出すとヒナギクに渡した。
ヒナギクは黙って頷くと、小走りに部屋から駆け出した。
「じゃあ、野暮な話はあとにして。楽しみましょうか。今夜こそ泣かせてあげますからね歓喜の涙で月を曇らすほどに」
「ふふ、マリアの涙なら月も盛大に曇るだろう。思う存分、鳴き咽ぶがよい」
「ず、ずるいよ主様、ナルシュっ!」
「とか言って、もう辛抱できなくなっているのは誰だ?」
この夜は二人にとって有意義で楽しいものに、また他の客の安眠を妨げることなく娼館の夜は更けていった。
あくる日の午後
「ナルシュ、おいでになられましたよ。失礼のないようにね」
入って来たのは、二十歳を超えぬ位の男だ、黒いシャム猫を抱いていた。
「お呼びだてして、済まぬ。私は、ハナ王国のナルシュ・ド・ボンだ」
「これは、これは。俺は、乱導 竜《らんどう りゅう》。ジョージタウンでジョージさんの手伝いをしている」
「ジョージと言うのはこの街の領主様よ、ドーエ共和国、否、このキョトー大陸で一番力のあるお方よ」
「まあ、マリアからの説明のとおりだな。で、ハナ王国の第二王子が仮想通貨に興味があるとのことだが、結局は投資で儲けたいということなのかな?」