「しばらく横になっていなさい。どうせ、今日は仕事にならないでしょ?」
「痛っ、ネコさん手当してくれるのはありがたいがもう少し優しくしてくれよ、こっちはもう少しでどてっ腹に風穴が開くところで、あばらも何本か折れてるんだからさ」
アンドロマリウスとの試闘を終え、俺はネコさんの研究室のベッドに横たわっている。まあ、大方の予想通り艶っぽいイベントなど一切起こってないのが残念だ。
だが、セーレの速さとアンドロマリウスの索敵能力に何物をも複製できるコピー能力が手に入ったのだから全身に痛みが走っていても薄い笑みが零れるのは仕方の無いことだった。
「しかし、竜さんもいい度胸していますね。あの青い悪魔の怒りを買ってまでお気に入りの使い魔を一時的にしろ奪ってしまうなんて。まあ、あいつの力の一端を奪えるのはこちらとして願ったり叶ったりですけど。無鉄砲も程々にしてご自愛くださいね」
(まだまだ、あなたには踊って貰わねばならないんですからね・・・・・・)
ネコさんが微笑む口元を手で隠した所為で、最後の方は聞き取れなかったが、まあどうせ説教やお小言だろう。
「説教の最後の方は良く聞こえなかったけどさ。そこは大目に見てくれよ。俺もやりたくない大博打も大根役者も仕方なしに演じているんだ、大望のためには万事が小事さ」
「そうね、言っても竜さんだから聞きはしないわよね」
俺は、気まずくなって今日の取引《トレード》の結果を確認した。
「アカウントオープン、うん?こ、これは?」
「どうかしたの?」
「いや、今日の試闘に際して俺は前回の教訓を活かして相場で損をしないように手を打っていたんだが。どうも、あまり成績が良く無くてな」
おかしいな、確かに今回はドジなセーレなんかと比べ物にならない位強力な魔人アンドロマリウスを相手にしたから出費が多いのは当たり前だ。だが、だからこそ俺は綿密に作戦を立て、試闘当日に合わせて相場の波を調整していた。
「そう言えば、竜さんさっきスカーレットと話していた時にレバレッジがどうとか言ってたけど何のこと?」
「レバレッジ、梃《てこ》のことさ。手持ちの資金だけでは大きな取引ができない、ということは一回の取引で大きな利益が出せない。レバレッジでは、手数料払って保証金の何倍も借りて取引ができるから大きな利益が出せる、まあ失敗したら大きな損を出すけどね」
「なるほど、手持ち資金が無くても借りた資金で売買して利益の分から後で利息を払うのね?」
「そのとおり、それと空売りと言って期限までに買い戻す条件で相場が高い時に売って、相場が下がった時に買い戻してその差額で利益を出すこともできるんだ。
で、キモは俺が相場の下がるタイミングを握っていることだ。そう、今日の試闘で俺が能力を使いまくって湯水のように向こうの世界のBST(ビーストコイン)を売りまくることによって強烈な下げ相場を作り出した」
「なるほど、アンドロマリウスに手こずってた訳ではなくわざとお金を使っていたのね?」
「くっ、そこは普通に手強かっただけだよ。
極めつけは、俺の能力を目一杯活用してタイムラグを利用し、四か所の取引所を使ってレバレッジを十倍の四乗、つまり一万倍にして儲けを叩き出した!
そのはずだったんだが?どうも、抜け目のない奴がいて俺の売買のタイミングに合わせていた奴がいたようなんだ。だから、さっきスカーレットと話してた時の予想利益数千億をはるかに下回った一千億の利益にとどまったようだ」
俺は肩をすくめて、声を落とした。
ネコさんの眼が煌めいた。
「まあ、それにしてもかなりの利益が出せたんだから良かったじゃない」
(本当に今回は稼がせてもらったわ)
「あっ、一応アンドロマリウスを呼び出せるか確認してみて」
「そっか、えーと。魔人アンドロマリウスよ、現界して我に力を見せよ」
左腕に装着した腕輪に付けられた真鍮の壺から煙が立ち込めると、美しい女性の姿をとった。
「くっ、ご主人様、お呼びにより参りました」
「おお、アンドロマウス。これからしばらく頼むな。まずは、この設計図を二部ずつ複製《コピー》してくれ」
「はい、お待ちを。お待たせしました、ご主人様」
設計図が確かに複製されていた。これは改めて便利だな、コンビニでコピーしなくて済むなんてことを考えていると、アンドロマリウスが怒ったように睨んでいた。
「よし、アンドロマリウスご苦労だった、休んでいてくれ。戻れアンドロマリウス」
アンドロマリウスは、煙と化して真鍮の壺に吸い込まれていった。