BGMにどうぞ↓
「白石さん、あのね、今日ね」
いつもの公園のいつものベンチ。日陰をつくっている木の葉っぱが風に揺れる。となりに座ってる斉藤さんが、前を向いたまま話しかけて、黙る。
「今日どうしたの?」
あ、斉藤さんのスカートの裾と私のスカートの裾が触れてる。夏休みになったけれど、ほとんど毎日斉藤さんと会ってる。斉藤さんが言葉を続ける。
「今日、・・・ちかんにあったの」
「えっ!?大丈夫?何かされたの?怖いことされたの?大丈夫なの?」
「あ、触られたりしたわけじゃないから大丈夫なんだけどね」
「そうなの?でも怖かったでしょ?私になにかできることある?」
「あ、ありがとう白石さん。・・・じゃあ話聞いてもらってもいい?」
「うん」
そう言って私は深くうなずく。
「今日、本屋さんで立ち読みしてたらね、なんか足元で気配するなーって思って、なんだろーと思って下を見たら、後ろにいた人が私の足の間に手鏡入れてたの。私が振り向いたらその人、目を合わさずに早歩きでどっか行こうとしてたの」
「それスカートの中のぞいてたの?」
気持ち悪い。かわいそうな斉藤さん。その場に行って守ってあげたいよ。
「うん、最初『何だろう?』って謎だったんだけど、すぐ『あ!これのぞきだ!』って気付いたの。そうしたらすっごくムカムカしてきたから、その人のこと走って追いかけて『てめー何やってんだよっ!』って叫んでその人の足を思いっきり蹴ったの」
「うそ!?すごい。そうしたらどうなったの?」
斉藤さんそんなことするんだ。斉藤さんの知らなかった一面を知った。
「そうしたらその人すごく大きい声で『いてーっ!』って叫んだの。ざまーみろと思ったけど、私はそこまでしてから『この後どうしよう」って不安になって、それから『やばい、刺されたらどうしよう』ってすごく心配になったからファイティングポーズで身構えてたの。だけどその人はものすごくオドオドしながら『すみません。すみません」と謝ってきたの。私はこの緊張の対峙を終わりにしたかったんだけど、なんて言っていいかわかんなくて、とっさになぜか「ヨシ!」って言ったの。そうしたらその人『すみません。すみません』って言いながら去って行っちゃった。その人がいなくなったらすっごく体の力抜けて、『はー』ってなったの。これが今日あったこと。早く誰かにこの話聞いてもらいたかったんだ」
「ちゃんと警察には行った?」
「ううん」
「じゃあ今から警察行こ。泣き寝入りなんかしちゃだめだよ。」
「あのね、泣き寝入りっていうわけじゃないんだ。私、スカートの中をのぞいたことの罰なら公衆の面前で蹴られたことですでに受けてると思うの。周りの人みんな見てたしね。それに何度も『すみません』って謝ってたから、だから私はこれでいいの」
「でもそんな人ちゃんと逮捕して刑務所に入れてもらわなきゃだよ。悪いことした人はちゃんとした罰を与えないとまたやるかもよ」
「うーん、でも逮捕されてニュースなんかになっちゃったらあの人の人生終わりかねないでしょ。それってやったことに対して罰が重すぎるような気がするの」
「重い?」
斉藤さんのスカートの中をのぞくようなやつは人生終わっちゃえばいいのに。
「うん、例えばだけどね、窃盗をしただけのネズミや不法侵入しただけの虫をみんなすぐに死刑にしちゃうじゃない?私それって罰が重すぎると思うの。お母さんは体にに触っただけの虫を足で踏んで必ず死刑にしてる。そういうふうにはなりたくないの。私は罪を憎んで人を憎まずよ」
そう言ったあと、斉藤さんは立ち上がって水飲み場のところまで行って蛇口をひねった。少し勢いよく水を出してから、水の勢いを弱めて、片手で髪の毛を押さえて水を飲んでいる。
「でも、私斉藤さんにそんなことした人をそんなことで許すなんて嫌だよ。それに他にもいっぱいやってるのかもしれないし、これからもっと被害にあう子がでるかもしれないでしょ。だからやっぱり警察行ったほうがいいと私思う」
斉藤さんは蛇口を閉めた。水がかすかに音を立てて流れていく。斉藤さんが私のことを見て言う。
「私はもう気が済んでるけど、他に同じようなことされる人をつくっちゃうのは確かにだめだよね。・・・警察、行こうかな。ちょっと不安だけど」
「大丈夫、いっしょに行くから。私といっしょに警察行こ。ね?」
「うん、ありがとう白石さん。」
あのあと、まだ犯人は逮捕されてない。警察が無能だからか?それとも斉藤さんに蹴られて怒られた犯人が、怯えたか反省したかしてひっそりと生きてるからなのか?
私は斉藤さんにあんなことをした犯人が許せない。ふつうは被害者だったら加害者の犯人ことなんか絶対許せないものだと思う。それなのに当の本人の斉藤さんは、犯人なんかの人生を心配したりなんかする。その一方でとってもバイオレンスなこともしたりする。
斉藤さんはやっぱり、他の人とは違う。
つづく→https://alis.to/dorogamihikage/articles/3re97qq9LbQv
これまでのお話→https://alis.to/dorogamihikage/articles/3qQ6Dn4X7pwG