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海に行くのが嬉しすぎたせいだ。
昨日はベッドに入ってから頭の中で何度も何度も今日の予行演習をしていた。私は待ち合わせ場所に先に着いてて、斉藤さんが後から来る。斉藤さんは「ごめんね、待った?」って言って、私は「ううん、今来たとこ」って答える。ちょうどいいタイミングで電車が来て、朝もやに包まれたホームから電車に乗り込む。ボックス席に向かい合って座って、おかし食べたり、トランプしたりして、たくさんお話して楽しく過ごして、海が見えたら「見て、海!」って斉藤さんに教えてあげるんだ。
そんなことを何周も考えてるうちに興奮してきて一睡もできなかった。そのせいで変なテンションになってさっき斉藤さんにふざけたことをしてしまった。斉藤さんは怒ったのかあんまりしゃべらない。ごめんなさい、斉藤さん。ん?斉藤さんはショルダーバッグをごそごそ探してイヤホンを取り出した。音楽でも聴くの?私とお話しようよ。あ、イヤホンのコードを服の中に通す仕草ってなんだかどきどきする。斉藤さんはこちらをちらとも見ない。
頭の中で考えてたことって実際にやってみるとそのとおりに行かないことばかり。
私はずっと病室のベッドの上で外に出たらしてみたいあんなことだとかこんなことだとかをたくさんたくさん考えてきたけど、ほとんどそのとおりにはなってない。
たとえばプールの授業が楽しみで水着もちゃんと用意してたのに、お医者さんにだめって言われて、結局ずっと見学だったりだとかね。今日だって私は30分も前に来たのに斉藤さんはすでに着いてたし、ボックス席が空いてないからトランプとかする雰囲気じゃないし、それ以前に私がおかしなことしたせいで微妙な空気になってるから、楽しい感じじゃなくなってるし。
あ、でも、病院のベッドのうえで考えてた、ふつうに学校に通って同級生と友達になるってのは実現してるでいいんだよね?斉藤さん。
私が見すぎているせいか斉藤さんがこっちを見たので話しかけてみる。
「音楽聞くの?」
「うん。いっしょに聞く?」
斉藤さんがイヤホンを片方差し出してきた。私がうなずくと斉藤さんはイヤホンを私の耳に入れてくれた。斉藤さんはコードを服の中に通してるから短くて、どうしても斉藤さんとの距離が近くなってしまい、肩と肩が少しだけふれてる。あ、この曲ヨルシカだ。
「ねえ白石さん、私実はね、昨日わくわくしてあんまり寝れなかったの」
斉藤さんが私に笑いかけてくれた。あんまりしゃべらなかったのは怒ってたからじゃなく、ただ眠かっただけだったのかな。
「小学生の遠足の前の日みたいだね」
私もだけどね、斉藤さん。
「えへへ。だからちょっと寝ていい?」
斉藤さんが私の目を見てほほ笑んでる。
「うん、いいよ。海が見えたら起こしてあげるよ」
「ごめんね、ありがとう。じゃあ、おやすみ」
斉藤さんはそう言って目をつぶった。
・・・斉藤さんの寝顔がすぐ真横に。まつ毛長い。あ、まぶたのとこちょっとだけお化粧してる。斉藤さんが化粧したの初めて見たかも。
あんまり寝顔見てちゃ悪いかな。斉藤さんはもう寝息を立ててる。寝たの?斉藤さんの頭が傾いてきた。私の肩にもたれそう。私はなんだか緊張してる。と、思ったら元に戻った。私はほっとしたような残念なような不思議な気持ち。
イヤホンから音楽が聞こえている。電車の窓の外を街並みが流れていく。空はすごく晴れてる。あ、日焼け止め塗るの忘れた。まあいいか。最後の海、斉藤さんと行けるの楽しみ。斉藤さん、斉藤さんも今日のこと楽しみにしてくれてたんだよね。
「白石さん着いたよ」
斉藤さんの声で気づいたら、私もいっしょに寝ていた。思いっきり斉藤さんにもたれかかって。あわてて謝ったら斉藤さんは全然嫌な顔なんてしないで
「大丈夫。私も白石さんにもたれてたからいっしょだよ。さ、行こ」
と笑顔で言って立ち上がった。
目的地は終着駅だったので乗り過ごすことはなかったけれど、海が見えたら斉藤さんに教えてあげるってことは叶わなかった。やっぱり頭の中で思ってたことと、実際は同じようにいかない。でも・・・
私たちは電車を降りて改札を抜け駅を出る。蝉の声と海のにおい。
・・・でも、きっとそれがいいんだ。
つづく→https://alis.to/dorogamihikage/articles/3VjM7lGGmkkL
以前のお話→https://alis.to/dorogamihikage/articles/3qQ6Dn4X7pwG