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海水浴シーズン真っただ中ではあるのだけれど、この小さな海岸は海水浴場じゃないからそんなに混んでない。でも磯遊びしてる家族は何組かいて、小さな女の子が何か素敵なものを見つけたのか、楽しそうにお父さんを呼ぶ声がする。
波の音が静かに体に響く。青空と白い雲、銀色の海原と波の白い泡、岩場に海鳥、砂浜と白石さん。
私は 日陰に座ったまま、波打ち際を歩いている白石さんを見ている。8月の暴力的な紫外線も白石さんはあまり関係ないみたい。色白いのに大丈夫なのかなと心配して、きっと日焼け止めちゃんと塗ってるんだろうなと考える。
ちょっと大きい波がきて白石さんが悲鳴を上げて走って逃げようとしたけど、全然間に合ってなくて波に足を濡らされた。靴が濡れたのに白石さんは嬉しそうに笑ってこっちに向かって手を振る。私も手を振り返す。
白石さんが少し歩いて、立ち止まって地面を見た。そしてしゃがみこんで地面に手を出す。ん?あ、貝殻探してるんだきっと。白石さんは右手で地面を触って、左手は胸のあたりに抱えたままの姿勢で動かない。見つからないのかな?それともいっぱいあるのかな?白石さんの所へ行こうとして膝立ちになった。そうしたら、すぐに白石さんが立ち上がってこちらに歩き始めたので、私はそのままの体勢で白石さんを待つ。
「貝殻見つかった?」
と聞いたら、白石さんはよく聞こえなかったのか
「え?」
と言った。
「貝殻探してたんでしょ?」
白石さんは少し恥ずかしそうに笑って
「あ、うん、見つからなかった」
と答えた。
「じゃあいっしょに探そ?二人で探せばすぐ見つかるよきっと」
「うん、あ、ちょっと待って靴乾かすから」
白石さんは濡れた靴を脱いだ。私も汚れないようにサンダルを脱ぐ。ふたりとも裸足になって砂浜を歩く。波の泡が砂を黒く染めてすぐ消えて、それを繰り返しているところを砂だらけの足が歩いていく。
白くて小さな貝殻がふたつ、けっこうすぐ見つかった。白石さんの手のひらに並んで乗ってる。砂粒の付いた指。白石さんが貝殻をひとつ私の手の平に乗せてくれた。私はそれを眺めて、握りしめて、大切な宝物みたいにそっとポケットにしまった。
白石さんが海を見ながら言う。
「ねえ、海って大きいね」
「うん」
「私ね、聞いたの。辛いことや悲しいことがあるときは海に行って地球の大きさを感じると自分の抱えてたものなんてちっぽけに思えて元気になれるって。だから海が見て見たかったの・・・海に来てみたら『海大きいなー』って確かに思ったけど、でも、地球がどれだけ大きくても、自分の抱えてるものの大きさは何も変わらなかった。聞いた話と実際って違うんだね」
「悲しいこと、あるの?」
「・・・うん、ちょっとだけね」
胸がぎゅってする。
「・・・きっと・・・白石さんがそう感じたのは、自分の気持ちってなにかと比べるものじゃないから・・・じゃないかな」
白石さんがこちらを見る、私は言葉を続ける。
「だってね、私はついつい自分より幸せそうなひとと比べて妬んだり、自分は不幸だと思ったりだとか、反対に自分より不幸そうな人と比べて心の平安を得ようとしたりだとかしちゃうんだ。けど、ほんとは自分の気持ちは自分だけのものだから、他のなにかと比べたりなんかしないで、感じたままを大事にしたほうがいいんだと思う」
白石さんが私の目をじっと見てる。私はさらに言葉を続ける。
「自分の気持ちが何かと比べたら変わっちゃったり、そもそも比べなきゃ自分で自分の気持ちがわからないひとってもしかしたらいっぱいいるのかも。だけど、地球がどれだけ大きくても自分の気持ちは変わらないって言う白石さんのこと、私、す、す・・・」
「す?」
白石さんの目がそれずに私の目を見続けている。磯遊びしてる子供たちの声が聞こえた。私は言う。
「素敵だと思うよ!」
変なこと口にしそうになった。あぶない。
「ありがとう」
白石さんは照れたようにうつむいた。
おでこに雨粒。見上げるといつの間にか黒い雲が広がってる。大粒の雨が音を立てながら砂浜に水玉模様を作っていき、すぐに一色に染めてしまった。花が雨粒を浴びて、濡れて首をもたげる。花びらから水滴が落ちるたびに揺れている。海面に衝突したたくさんの雨粒が水の上で跳ねて飛んでいる。
家族連れはみな車に避難して行く。私たちは雨宿りできる場所に逃げ込んだ。
つづく→https://alis.to/dorogamihikage/articles/aRr0B65j01eV