「商い」という言葉のルーツが気になったので、
ちょっと調べてみました。
農民の間で収穫物や織物などを交換する商業が、秋に行われたことから「秋なふ(秋なう)」から動詞「あきなふ」が生まれ、「あきない」になったとする説が定説となっている。
正直、そんなTwitterみたいな言い方がルーツとは思えない。
あとは「商売は飽きが来ないくらい楽しいから」とか、
ちょっと最近感があります。
いろいろな説がありますが、
ここからは独自の考察です。
もっと単純に「空き」を「なう」と思ったんです。
「なう」は綯う(なう)
縄を藁で綯う
一本の繊維と繊維を寄り合わせる作業が「綯う」となります。
縄を作る作業を「あざなう」と言いますが、
この語源はもしかしたら「麻」を「綯う」からきているかもしれません。
いざなう→誘うこと。
いざ!なう!
しなう【撓う】 たちしなう【立ち撓ふ】 あがなう【贖う/購う】 あざなう【糾う】 あまなう【和ふ/甘なふ】 いざなう【誘う】 うずなう【珍なふ】 うなう【耡う】
一本と一本、人と人が寄り合わさった事、関係?を
「なう」
より強力にする、協力すること。
あきなうの「なう」は「お手伝いをする」と考察します。
では「あき」について少し調べてみると
土佐日記 より
「上中下、酔ひ飽きて、いとあやしく、潮海のほとりにて、あざれ合へり。」
「あきみちて舟子どもは腹鼓(はらつづみ)をうちて」
[訳] (ごちそうを食べて)満足して、水夫たちは腹を鼓のように打ち鳴らして。
で、「商い」の意味は?
商という漢字のルーツは当て字として、
飽きを綯う、
「人が満足をする為のお手伝いをすること」
ではないか、という勝手な考察でした。
おしまい(*´꒳`*) たぶん違うだろうな♡
でも、商売って人がしないことをすると儲かりますよね。
ニッチなとこ。