かんぽ生命保険契約問題特別調査委員会は2019年12月28日に調査報告書を提出しました。かんぽ生命では顧客に不利益を与える不適切な保険販売が多数行われていました。報告書は不適切募集の背景として目標必達主義を挙げます。上から与えられた目標を達成するために職員は顧客に損害を与えても契約を勧誘しました。上司は不適切販売で実績を上げた募集人を厚遇し、不適正募集が黙認されるという風潮があったとします。
この種の問題が起きると脊髄反射的に民営化の弊害が言われる傾向があります。利益優先に走って公共性が軽視されたと。しかし、この問題は営業職員が情報の非対称性を悪用し、顧客に契約のデメリット情報を説明せず、顧客に損害を与える契約を締結したことです。市場経済の原理から許されないことです。公共性を持ち出す前に市場原理のルール徹底の話にあります。
自組織の目標を達成するために組織外に不利益を与えることは、マンション投資の迷惑勧誘電話など民間に見られますが、民間固有の事象ではありません。目標必達主義は、公務員組織にも起きることです。警察の交通違反取り締まりもノルマ達成のための点数稼ぎと指摘されます。公務員感覚を払しょくし、相手に価値となるアウトプットを提供するという民間感覚を徹底することが不祥事の防止になります。
目標の内容も「実力に見合わない営業目標が課されていた」とされます(105頁)。目標額は「かんぽ生命本社及び日本郵便本社との間で毎年の営業目標額が決定され、この営業目標額が、日本郵便の各支社に配算され、更に郵便局及び個々の保険募集人に配算される」というトップダウンで降りてくるものでした。本人の担当するマーケットとは無関係な事情で目標が決められていることになります。社会主義計画経済下のノルマと変わりません。上位下達の目標達成という点も民間感覚ではなく、公務員感覚の弊害と言えるでしょう。
それどころか、公務員感覚の公共意識が不適切契約を助長した可能性もあります。調査委員会アドバイザーの出口治明・立命館アジア太平洋大学学長は「本契約問題の抜本的・構造的な問題として、日本郵政グループが、かんぽ生命やゆうちょ銀行から支払われる受託手数料により、ユニバーサルサービス提供義務を負っている日本郵便の事業を支えているという実態があると思われる」とします(146頁)。
かんぽ生命で利益を出すことで郵便という公共インフラを支えているという歪んだ自負を持っていたかもしれません。公共性を考えるよりも、保険ビジネスのエキスパートになるべきでしょう。振り込め詐欺の詐欺者にもタンス預金として死蔵させるよりは自分達が使った方が経済の活性化になるというケインズ経済的な発想で正当化する輩がいます。不祥事の撲滅には変な公共意識を持たせることよりも、ステークホルダーに損害を与えず、価値のあるアウトプットを提供するという民間感覚が大切です。