昭和の体質の企業にビジネスチャットが導入されると地獄絵図になるとの指摘が大きな共感を集めています(木村岳史「「昭和な会社」はビジネスチャットに手を出すな、地獄絵図しか生まないぞ」日経XTECH 2020年3月9日)。SlackやTeamsなどのチャットツールは電子メールより新しい世代のコミュニケーション手段として注目されています。ところが、昭和の体質の日本企業に導入されると労働者の負荷が高まり、地獄のようになると指摘します。
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00148/030500104/
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上司からこんなチャットが届く。「○○さんとの接待の件だが、本当に和食でいいかもう一度確認してくれ」「××が面白いと常務がおっしゃっていたので、至急調べてくれ」。(中略) 要は「急ぐなら自分で調べろよ」とか「それ、今じゃなきゃ駄目?」といった類いの内容だ。
もちろんビジネスチャットを使っていなくても、部下にしょうもない指示や命令を出す上司はいくらでもいる。だがビジネスチャットの問題は、そんな困ったちゃんの管理職を「増力化」してしまう点だ。気軽に書き込めるからなのか、しょうもない指示の類いが以前より格段に増えたそうだ。で、部下たちは返答に時間を取られる。その結果、本来の仕事が遅れ、その上司に「なぜ納期を守れないのだ!」と怒られて疲弊するという悲惨な末路となった。
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気軽に聞くことが弊害になります。昭和の感覚でコミュニケーションが潤滑であることが生産性にとってマイナスになります。一方で、この事態が「地獄絵図」と認識されることは昭和に比べて21世紀の日本社会が進歩したと評価できるでしょう。
昭和の感覚ならば、自分のアウトプットを出すことだけよりも、上司の思い付きの疑問にも即座に回答できる人間を目の前の問題に対応できる人間として有能と評価する傾向がありました。選択と集中の思想が普及した現代では、そのようなことができてしまうことが逆に恥ずかしいという感覚すら生じます。思い付きの疑問や目の前の問題の解決で評価されるよりも、自分の本来のアウトプットで評価されることが公正な評価になります。
このビジネスチャット地獄は、記事が指摘するように非同期というメールの良さを喪失させ、相手の仕事を中断させて時間を奪う電話に先祖帰りしたことが原因です。「電話は、お互いの時間を束縛する最悪の道具」と指摘されます(戸田覚『誰よりも短時間で、常に最高の成果を挙げる人の すごい! 時間管理術』PHP研究所、2014年)。これに対してメールは非同期であるため、相手の時間に合わせる必要がなく、相手の時間を奪いません。
仕事が速い人はメールをチェックするタイミングを自分でコントロールし、返信するタイミングも自分の仕事に合わせて一定のルールを設けているとの指摘もあります(平野友朗『仕事が速い人はどんなメールを書いているのか』文響社、2017年)。新着メールが届いたというアラートにすぐに反応する人はメールの処理が下手と言われます。
この非同期というメールの特徴は私にとっては自明のものです。私は1990年代からパソコンでメールを利用者していました。当時のインターネット接続形態はダイヤルアップであり、インターネットへの接続時間は限られていました。ネット接続時にメールをまとめて受信し、オフラインでメールを読みます。必要なメールには返事を書き、次の接続時(翌日または翌々日など)に送信します。メールは非同期な世界です。
私にとってパソコンのメール利用が先で、携帯電話のメール利用が後でした。これに対して携帯電話のメールの延長線上でパソコンのメールを考えてしまうと、非同期性が軽視されます。昭和の地獄絵図は世代だけの問題ではなく、携帯メールやLINEが生活の中心で返事が遅いと怒りだすような人々が下支えしている危険があります。