吉本興業ホールディングスの岡本昭彦社長の2019年7月22日の記者会見は多くの人々を怒らせました。パワハラ発言を冗談のつもり、場を和ませようとしたと言い訳しました。私も腹を立てた一人です。この発言が何故、腹が立つか考えてみました。
第一に、この種の言い訳は既視感があります。パワハラ加害者がパワハラを正当化する共通の論理です。パワハラ暴言を「はっぱをかけるため」「激励のつもりだった」と正当化するものも同類です。岡本社長に身近なパワハラ加害者を重ね合わせることで怒りを増幅させることになりました。
第二に、この種の言い訳は卑怯です。悪意があっての行動ではないと自己の悪意を否定する卑怯さがあります。差別するつもりはなかったが、傷つけたことは謝罪するという論理と同じです。この種の言い訳とセットの謝罪を受け入れてしまうことは、相手に悪意がなかったことを認めてしまうことになります。それ故に被害者に感情移入するならば、言い訳も謝罪も受け入れられなくなります。
第三に、本当に悪意のない言動であった場合も問題です。多くの場合は自己を悪く見せたくない言い訳のために言っており、悪意がなかったことは偽りです。しかしながら、論理的には本当に悪意がなく、冗談のつもりだった場合もあります。
その場合も被害者の怒りは大きくなります。何故ならばパワハラ発言が重大事になり、加害者が言い訳を余儀なくされている事態というのは、被害者側がパワハラと受け止めて深刻な反応したからです。冗談のつもりであったことを受け入れたならば、被害者は冗談を真に受けて悩み苦しんだことになります。理不尽や自尊心の崩壊を感じることになります。むしろ「悪意があってパワハラした」と言われた方が被害者には優しい場合もあります。悪者になりきって退場することがパワハラ加害者にできる善行と言えるでしょう。
最後に私は吉本興業の闇営業問題の本質は振り込め詐欺など反社会的な半グレ集団に営業したことと考えています。半グレ集団との付き合いは芸人の収入の多寡にかかわらず、社会的にアウトと考えています。
私は2019年4月2日に「SDGs 住み続けられるまちづくりを」と題してSDGs; Sustainable Development Goalsについて講演しました。SDGsは16番目のゴール「平和と公正をすべての人に」のターゲット16.4を「2030年までに、違法な資金及び武器の取引を大幅に減少させ、奪われた財産の回復及び返還を強化し、あらゆる形態の組織犯罪を根絶する」とします。
これについて「多くの国では組織犯罪と言えばマフィアが問題になりますが、日本では半グレなどの振り込め詐欺が深刻です」と説明しました。半グレ集団との付き合いはSDGsの観点でもアウトです。この観点で芸人を擁護する立場ではありませんが、吉本興業は反社会勢力企業がスポンサーに名を連ねるイベントにタレントを派遣しており、芸人だけの問題ではありません。
宮迫博之さんの問題として、ギャラをもらっていたにも関わらず、もらってないと嘘をついたことが指摘されます。しかし、問題は反社会的勢力と付き合ったことであり、ギャラをもらったか否かは本質とは考えていません。ギャラをもらっていなくても十分に批判されます。
一方で当初の闇営業問題の論点になった事務所を通さずに営業したことは本質ではありません。これを過度に問題視することは、事務所の芸能人支配の強化という時代に逆行する流れになります。今や副業が推進される時代です。
岡本社長が会見で宮迫さんとの契約解消の撤回を表明したことも失敗です。世の中の批判を受けて考え直すことは、硬直的な官僚思考よりも価値があります。しかし、契約解消の撤回はピント外れです。反社会的勢力との関係という本来の問題を有耶無耶にしてしまうためです。パワハラを冗談のつもりという発言は昭和的なパワハラ正当化であるが、契約解消撤回も昭和的な温情措置に映ります。
パワハラ加害者は厳しいことも言うが、背後には愛があると正当化する傾向があります。昭和のパワハラは平成のリストラクチャリングよりも温情があると勘違いしています。その種の勘違いも、昭和のパワハラにうんざりしている立場には腹立たしいことです。
世の中の感覚は芸能人と反社会的勢力とのつながりに甘くありません。NGT 48山口真帆さん暴行事件ではファンからNGT48のメンバーを半グレとつながりのある黒メンバーと、潔白な白メンバーに分け、黒メンバーの追放を求める声が出ました。その種の措置を運営側が全くしないために、運営側が何を言っても批判が続く状態です。半グレとの関係には厳しい措置が求められます。