(台北行きの飛行機の中で読んだ2018年11月1日の「聯合報」。台北市長選の世論調査の結果を報じていました)
2018年11月24日に投開票される統一地方選挙は、2020年1月の台湾総統選挙の前哨戦という位置づけもあり、台湾社会の大きな注目を集めています。
とりわけ、今回は現職総統の蔡英文さん率いる与党・民進党の苦戦と野党・国民党の躍進が予想されるなかで、開票までどのような結果が出るのかわからない情勢のまま推移しています。
日本語で読める選挙情勢の解説としては、「WEDGE Infinity」に掲載されている野嶋剛さんの記事が参考になります。
加えて、今回「旋風」が巻き起こっているという高雄市の市長選挙については、野嶋さんの記事に加えて、同じく「WEDGE Infinity」の井上雄介さんの記事が参考になります。
こうした選挙の状況を横目に見ながら、日々、台湾のブロックチェーン・仮想通貨に関する情報を追いかけているのですが、選挙戦が熱を帯びてきたこの1か月ほどのあいだ、選挙活動のなかでブロックチェーンや仮想通貨のことが話題になったという記事を見ることはありませんでした。
これまでに、今回の統一地方選とブロックチェーン・仮想通貨との関わりについて以下のような記事をまとめてきた僕としては、台湾にあっても、まだまだ社会的には小さなトピックのひとつなのかな…と感じています。
ですが、もう少し視野を広げて、「スマートシティ(智慧城市)」の実現というところに注目してみると、ブロックチェーンがこれから活用されていくような公約を掲げている候補者が少なからずいるようです。
今回は特に、行政院が直轄する直轄6市(台北市、高雄市、新北市、台中市、台南市、桃園市)の市長選挙の候補者に絞って、ブロックチェーンの活用を想定している候補者がいるかどうか、いるとすればどのような公約を掲げているかということについて、少し書き留めておきたいと思います。
台北市長選挙には5人が立候補していますが、現職の柯文哲さん(無所属)に対して、丁守中さん(国民党)と姚文智さん(民進党)が挑む構図で選挙戦が進んでいます。
この3名の候補者のブロックチェーンに対する姿勢については、すでに上に挙げた記事に書き留めていますので、そちらをご参照いただければ嬉しいのですが、現職の柯文哲さんはIOTAとの提携でスマートシティの実現を掲げている中心人物ですし、姚文智さんもスマートシティ実現を掲げ、ブロックチェーン導入にも関心があるようです。
ただ、各自治体の選挙委員会が出している「選挙公報」には、柯文哲さん、丁守中さん、姚文智さん、いずれの公約のなかにも「區塊鏈(ブロックチェーン)」という文言は見られません。
唯一、「泡沫候補」となっている李錫錕さんの公約に、「ブロックチェーンの公的業務への活用を推進する(推動區塊鏈(Blockchain)辦理公務業務)」という表現が見られます。
台湾第2の都市、高雄市の市長選挙には4人が立候補していますが、ここは民進党の陳其邁さんと国民党の韓國瑜さんの一騎打ちとなっています。
高雄は長年、台湾南部に強い基盤を持つ民進党の「総本山」とも言われる都市で、過去5回・20年間の市長選では民進党の候補者が勝ち続けています。
ですが、今回は候補者の名前にかけた「韓流」ブームと呼ばれるほどの勢いで、国民党の韓國瑜さんが勢いそのままに勝ち抜くのではないかと言われています。
このあたりの情勢分析については、冒頭に挙げた野嶋剛さんと井上雄介さんの記事に詳しいのですが、今回のブームは韓國瑜さんがネット・SNSを選挙戦の軸として戦うことで起きていると指摘されています。
思えば、現職の台北市長である柯文哲さんが2014年の選挙で無所属として当選したのも、現在に至るまで「網紅市長(ネットで人気のある市長)」と呼ばれることになるようなネット戦略が大きな要因だったと言われています。
確かに、韓國瑜さんのキャンペーンサイトを見ると、白を基調としたシンプルなサイト構成になっていることや、自らを「賣菜郎CEO(野菜売りのCEO)」と称して高雄の「トップセールスマン」となっていくことをわかりやすく打ち出していることなど、巧みなネット戦略がうかがえます。
公約も「韓國瑜政策ホワイトペーパー(韓國瑜政策白皮書)」と題され、そのなかで、「経済貿易都市(經貿首都)」を目指して、「農業ビッグデータ(農業大數據)」や「フィンテック(金融科技)」の活用を掲げています。
対する、民進党の陳其邁さんも自らのキャンペーンサイトのなかで「経済市長(經濟市長)」を名乗って、「スマートシティ、グッドライフ(智慧城市 好生活)」というキャッチコピーを掲げて、ブロックチェーンの活用などを示唆しています。
陳其邁さんについては、ブロックチェーンの導入に強い関心を持っていることを以下の記事に書き留めていますので、合わせてご覧いただければ嬉しいです!
台北市を取り囲むように位置する新北市の市長選挙には、民進党の蘇貞昌さんと国民党の侯友宜さんの2人が立候補し、名実ともに与野党の一騎打ちとなっています。
新北市は、僕も少し記事として書きましたが、現職市長で国民党の朱立倫さんが「ブロックチェーン特区」の設置を打ち出すなど、今まさにブロックチェーンの導入を活発に進めている自治体のひとつです。
選挙戦は、現職市長の後継候補である侯友宜さんが優位に進めているようですが、どちらの候補者も「選挙公報」の選挙公約のなかでは、明確にブロックチェーンの活用を掲げてはいません。
ただ、蘇貞昌さんのキャンペーンサイトに掲げられた政策には、「スマート産業の推進、循環経済の発展(推動智慧產業,發展循環經濟)」という項目に、以下のような方針が示されています。
たとえば、AI、IoT、ニューリテール、ブロックチェーン、ウェアラブル技術、量子コンピュータ、ビッグデータなど、新たな技術と関係のあるスタートアップをさらにバックアップしていく。
(更要協助與新技術相關的新創企業,如人工智慧,物聯網,新零售,區塊鏈,穿戴科技,量子電腦,大數據等。)
同時に、「スマート産業基地(智慧產業基地)」の建設にも言及していて、現職市長の方針を受け継ぐのは自分だというアピールのもとで、国民党の基盤を掘り崩そうという姿勢がうかがえるように思います。
台湾中部に位置する台湾第3の都市である台中市の市長選挙には3人が立候補していますが、ここは現職市長で民進党の林佳龍さんに国民党の盧秀燕さんが挑む構図で選挙戦が進んでいます。
とりわけ、上に書きました高雄市長選での「韓流」ブームの余勢を駆るような形で、各市長選での国民党候補に追い風が吹いていて、ここでも国民党の盧秀燕さんが現職市長に勝つのではないかと言われているようです。
そうした選挙戦に留意しつつ、ブロックチェーンの導入という視点から「選挙公報」に掲げられた両者の公約を見てみると、林佳龍さんが以下のような形でブロックチェーンに言及しています。
スマートシティ化を進めていく。AIで市政のガバナンスを強化する、ブロックチェーン技術による市民カードを推進し、スマートシチズンプラットフォームを構築する
(邁向智慧城市。以人工智慧強化市政治理;推動市民卡,以區塊鏈技術,建構智慧市民平台)
以下の記事で少し書きましたが、林佳龍さんが市長を務める台中市は、2016年から行政機関の中にスマートシティの実現に向けた専門部署を開設するなど、ブロックチェーンなどの新技術の導入を積極的に進めています。
現役市長として林佳龍さんが中心となって進めてきたこうした方針がどのようになっていくのか…
台中市は、今回の選挙結果によって、ブロックチェーン導入をめぐる方針に大きな影響がありそうな都市のひとつだと言えそうな気がします。
台湾南部では高雄に次ぐ都市である台南市の市長選挙には、直轄市の中では最多の6人が立候補していますが、ここも民進党の黄偉哲さんと国民党の高思博さんの一騎打ちとなっています。
台南市は高雄市と同じく民進党への支持が強い都市のひとつですが、波乱含みの高雄市とは違って、今回も民進党の黄偉哲さんが優位に選挙戦を進めているようです。
「選挙公報」には両者ともに、特にブロックチェーンに言及したような部分は見られませんでしたが、それぞれのキャンペーンサイトに掲載された政策には、「スマートシティ」の実現といった公約が掲げられています。
たとえば黄偉哲さんは、「AI(人工智慧)」、「エコファーム(生態農業)」、「都市美学(城市美學)」という3点を軸として台南の都市としての発展を目指すとしています。
それに対して、高思博さんは黄偉哲さんよりもストレートに「スマートシティ(智慧城市)」をキャッチコピーとして掲げ、IoTとビッグデータの活用によって実現していく方針を示しています。
台北市、高雄市、台中市といった三大都市が次々と「スマートシティ」の実現に向けた施策を打ち出している中で、台南市もこうした動きに続いていくことが候補者のあいだで意識されていることがうかがえますね。
台湾の北中部、台湾の国際的な玄関口である「桃園国際空港」を擁する桃園市の市長選挙には5人が立候補していますが、ここも台中市と同様、現職市長で民進党の鄭文燦さんと国民党の陳學聖さんの一騎打ちとなっています。
ただ、台中市長選とは違って現職の強みが発揮される形で、民進党の鄭文燦さんが優位に選挙戦を進めているようです。
「選挙公報」の公約を見る限りでは、鄭文燦さんの公約として「スマートシティ(智慧城市)」という表現は見えますが、他都市の市長候補とは異なり、両候補ともにこの点を前面に打ち出しているような様子は見当たりません。
各都市の課題に応じた公約が掲げられる中で、スマートシティの実現やブロックチェーンの導入といったことに対する優先順位に差が生まれていることを感じます。
以上、直轄6市の市長選挙に立候補している主な候補者の公約のなかから、スマートシティやブロックチェーンに関する言及があるかどうかを書き留めてみました。
こうして見ると、選挙戦のなかで目立った議論にはなっていないものの、各候補者の政策の中には意外と、スマートシティやブロックチェーンに対する言及があるのだなと感じました。
多様な政策や喫緊の課題、一般の人々が強く感じている複雑な問題がいろいろとあるなかで、スマートシティやブロックチェーンをめぐる直接的な議論というのはなかなか生まれてこないので、情報として目にすることはなかなか難しいのかもしれません。
ただ、直轄6市の市長選に限ってもこれだけ言及されているわけですから、今回の統一地方選全体では、各候補者がもっと多様に、ブロックチェーンに関する政策を掲げているのではないのかなと思いました。
投開票までにこうした政策をすべて拾っていくことはなかなか難しいのですが、選挙が終わってから、当選者・落選者のあいだからどのような動きが生まれてくるのかということに注目をしながら、これからもコツコツと情報を追いかけていきたいと思います!