「香港国家安全法(国安法)」が公布・施行された香港では、2020年9月6日に立法機関である立法会の議員選挙がおこなわれます。
日本語で読むことのできる各種報道でもすでにいろいろと報じられていますように、国安法が施行されてから初めての立法会議員選挙ということで、世界的な関心事になっています。
とりわけ、民主派に属する政党が実施した予備選挙が注目され、予備選挙で選出された人々が無事に立候補できるかどうかに注目が集まっています。
立候補者の顔ぶれがどうなるかはわかりませんが、7月18日から立候補の届け出が始まりますので、これからも引き続きいろいろな動きが生じてくると思います。
また、以下の記事でも触れましたが、昨年、2019年の「逃犯条例」改正案への抵抗運動の流れの中で実施された区議会議員選挙で民主派が圧勝しました。
今回の民主派の予備選も想定の3倍を超える人々が投票したということもあり、今年の立法会議員選挙がどうなるのか…まったく予想がつきません。
ですが、これからの動きを見ていくためにも、香港の立法会議員選挙に関する基本的な情報について、少し書き留めておきたいと思います。
まず、香港の立法会の議席定数は70です。
このうち、比例代表で選挙区から選出される「地区直選」の議席が35、職能団体から選出される「功能界別」の議席が35となっています。
それぞれの議席の選出方法についてはややこしいので、詳しく知りたい方は以下のwikipediaのページを見ていただきたいと思いますが、幾度の制度改革を経て、総じて「親中派」とされる「建制派」に有利な制度となっています。
こうした制度のもと、今年9月に改選となる立法会の議席を「建制派」と「民主派」でざっくりと分けると、以下のような構成となっています。
建制派 43
民主派 23
その他 1
空白 3
4年前の2016年の立法会選挙の結果は、建制派40(地区直選16、功能界別24)、民主派29(地区直選19、功能界別10)、その他1でした。
ですが、民主派のなかでも「本土派」と呼ばれる、2014年の「雨傘革命」を主導した人々を中心に結成された政党の当選者の議員資格剥奪や、2018年に実施された補欠選挙を経て、上記のような議席構成となっています。
こうした議席構成のもとでおこなわれる今回の立法会議員選挙について、民主派の人々は立候補者を絞り込むための予備選を7月11日から12日にかけて実施しました。
主催者が事前に想定していた投票者数は17万でしたが、最終的には想定の3倍を超える60万を超える人々が投票したことで、大きな注目を集めました。
林鄭月娥行政長官や中国の政府機関などは、こうした予備選の動きが「国安法」に違反する可能性があると警告し、予備選を主催した元立法会議員が撤退するという「事件」も起こりました。
ただ、民主派の各政党による予備選自体は2016年の立法会議員選挙のときにも、民主派候補者の乱立を防ぐ目的で実施されています。
今回もこの2016年の予備選と目的は同じでしたが、「国安法」の施行下であるということに加えて、予備選において明確に「35+」という目標、つまり、過半数となる35議席を超えることを前面に打ち出していたことから、上述のような警告と注目を生んだと言えそうです。
ちなみに、今回の民主派の予備選結果については、以下の繁体字版wikipediaにまとめられています。
この記事によれば、予備選に投票された60万(有効投票数:604,660)という数は、香港全体の有権者数の13.29%に当たります。
また、2019年に実施され、民主派の圧勝となった区議会議員選挙で民主派議員が獲得した得票数から計算された「民主派投票率」は35.31%と計算されています。
このあたりの数字を頭に入れながら、まずは2016年の立法会議員選挙の得票数などを整理してみます。
繁体字版wikipediaの記事によれば、2016年の立法会議員選挙における「地方直選」(議席数35)の、建制派と民主派の得票数と得票率は以下のとおりです。
建制派:871,016(40.17%)
民主派:1,193,061(55.02%)
有効投票数:2,168,411(投票率:58.28%)
こうした得票数・得票率の結果、「地方直選」の議席数は先に触れたとおり建制派16・民主派19となりましたので、得票がほぼ正確に議席に反映されています。
それにもかかわらず、建制派が過半数を超える議席を獲得するに至ったのは、業界団体から選出される「功能界別」の獲得議席が、建制派24・民主派10となっていることによります。
この時に民主派が獲得した10議席というのは非常に少なく感じるかもしれませんが、実はこれが過去最高の獲得議席数でした。
それほど、民主派が「功能界別」で議席を獲得するのは難しく、民主派の過半数獲得を阻む要因となっています。
ただし、裏返していえば、民主派の戦略としては「功能界別」の獲得議席を10以上と設定したうえで、「地方直選」で2016年の選挙結果を大幅に超える勝利を収めることに注力するということが考えられます。
このような形で民主派が過半数を超える議席を獲得することは可能でしょうか?
そこで参考材料となるのが、以下の記事にまとめた、2019年11月に実施された区議会議員選挙です。
以上の記事にまとめた区議会議員選挙における建制派と民主派の得票数・得票率から、少し考えてみたいと思います。
まず、区議会議員選挙の投票率は71.23%(有権者数413万2,977人のうち、294万3,842人が投票)でした。
2016年の立法会議員選挙の投票数・投票率と比べると、投票数が約78万票増加し、投票率が約13ポイント増えています。
そのうえで、建制派と民主派の得票数・得票率は、以下のとおりです。
建制派:1,235,226(42.13%)
民主派:1,677,471(57.22%)
2016年の立法会議員選挙の各派の得票数と比較すると、建制派が約36万票を上積みしているのに対し、民主派の上積みは約48万票となっています。
立法会議員選挙の時に、建制派と民主派以外の候補に投票された票が一定数あるので、全体の増加した投票数と、各派の上積み票数は合いませんが、投票率が上がったことによって民主派が獲得した票の割合は6割程度であることがわかります。
区議会議員選挙の議席数は民主派の圧勝となりましたが、得票数・得票率を見ると、たとえ投票率が大幅に上がったとしても、建制派も4割程度の票を獲得しています。
ですので、今の香港の社会状況のもとで、今回の立法会議員選挙への注目度が上がり、投票率が上がったとしても、これまでの傾向から考えると民主派が「地方直選」で圧勝し、過半数を超える議席を獲得することは難しいように思えます。
こうして見ると、「圧倒的な民意」を示したと言われる昨年の区議会議員選挙であっても、得票数・得票率を見るとそれほど劇的な差がついているわけではないことがわかります。
「国安法」が施行されたという状況のもとで、香港の人々の投票行動が劇的に変わり、これまでの傾向を覆すような結果が現れるかどうか…
その前に、予備選で選出された民主派の人々が無事に立候補できるかどうか、選挙活動はおこなえるのかどうか、投票は公正におこなわれるかどうか…
さまざまな問題が生じるものと予想されますが、これから経過を注意深く見ていきたいと思います。