なんとなくTwitterのタイムラインを眺めていると、以下のようなニュースが流れてきました。
記事のソースとしては、「Primitive Ventures」というブロックチェーン専門のベンチャーキャピタルの創設パートナーであるDovey Wanさんのツイートと、彼女が引用している「中国经济报」の記事が挙げられています。
このニュースを見て、「中国ネット裁判所?」「ビットコインの財産権?」「以前に似たような事例もあったよなぁ…」という疑問がいろいろと出てきました。
ちなみに、「似たような事例」とは、2018年10月に「深圳国际仲裁院(深圳国際仲裁院、SCIA)」というところが出した判断のことで、以下の記事で情報ソースを追いかけてみました。
今回のニュースについても気になった部分について、現地情報を探ってみましたので、記事として書き留めておきたいと思います。
・判決の原文は見当たりませんでしたが…
・そもそも「中国ネット裁判所」って?
・情報ソースの確認を続けていきます!
今回のニュースについても前回の深圳国際仲裁院のときと同様に、判決の原文を少し探してみましたが、残念ながら見つけることはできませんでした。
ですので、二次情報となってしまいますが、現地メディアのなかでも判決の内容を詳細に伝えている「每日经济新闻」の記事を基に、今回の判決がどのようなものだったのかを見てみたいと思います。
まず、この記事は以下のような文章から始まります。
5年前に買ったビットコイン、取引所が閉鎖されたことで失ってしまったら、取引所はユーザーに賠償しなければならないのか?
(五年前买的比特币因为交易网站关停没了,网站该不该赔偿用户?)
仮想通貨取引所が政府の方針によって突然閉鎖されてしまった、中国ならではの案件だったようですね。
裁判の具体的な内容は措くとして、記事では今回の判決において2つのポイントに注目しています。
ひとつは、原告の訴訟請求は却下されたというところです。
記事によれば、「判決は原告の訴訟請求を却下した。主な理由は、原告がその挙証責任を充分に果たすことができなかったことによる(判决驳回了原告的诉讼请求,主要是由于原告未能尽到其举证证明责任)」となっています。
判決の内容は、訴訟内容の可否に踏み込んだものではなく、その前段階の部分で、被告が原告の権利を侵害した主体であると判断できないことによる請求却下ということのようです。
こうした訴訟そのものにかかわる判決に加えて、そもそもビットコインは訴訟の対象となる「財産」なのかどうかということについても、一定の見解が示されたというのが、この判決のふたつめのポイントであり、今回、ニュースとして注目された部分になります。
記事の小見出しとしては、「ビットコインは仮想財産として法律の保護を受ける(比特币作为虚拟财产受法律保护)」となっています。
この点について、少し長いですが、今回の判決では以下のように指摘されたと報じられています。
ビットコインは財産が権利の対象として備えるべき価値性、希少性、可処分性を備えており、その仮想財産としての地位を認めうる。『民法総則』においてはすでにネット上の仮想財産は法律の保護を受けることとされているが、我が国の法律法規はネット環境にあって生成されるビットコインなどの仮想通貨の属性について、なお明確なルールを設けていない。中国人民銀行など行政部門は「仮想通貨」は貨幣の法的地位を否定する文書を出してはいるが、そのことは商品としての財産属性を否定するものではなく、『ビットコインのリスク防止に関する通知』においても、「性質上、ビットコインは特定の仮想商品に当たるだろう」と述べている。
(比特币具有财产作为权利客体需具备的价值性、稀缺性、可支配性,应认定其虚拟财产地位。《民法总则》中已确立了网络虚拟财产是受法律保护的,但我国法律法规对互联网环境中生成的比特币等虚拟货币之属性尚无明确规范。虽然中国人民银行等部委曾发布文件否定“虚拟货币”作为货币的法律地位,但并未对其作为商品的财产属性予以否认,《关于防范比特币风险的通知》中亦提到“从性质上看,比特币应当是一种特定的虚拟商品”。)
今回のニュースにあった「ビットコインの財産権」とは、この記事にある「その仮想財産としての地位を認めうる(应认定其虚拟财产地位)」という部分のことを指しているようですね。
文中に出てくる『民法総則(民法总则)』は第127条で「法律はデータやネットの仮想財産の保護について規定することとし、その規定によることとする(法律对数据、网络虚拟财产的保护有规定的,依照其规定)」と規定しており、「仮想財産」を法律による保護の対象としています。
また、『ビットコインのリスク防止に関する通知(关于防范比特币风险的通知)』は、証券行政を管轄する「中国証券監督管理委員会(中国证券监督管理委员会)」が2013年12月に、人民銀行などの金融関係機関に発した通知です。
通知のなかでは、ビットコインの属性について以下のように言及されています。
性質上、ビットコインは特定の仮想商品に当たり、貨幣と同等の法的地位を持つものではなく、貨幣として市場に流通して使用することはできないし、そのようにすべきではない。
(从性质上看,比特币应当是一种特定的虚拟商品,不具有与货币等同的法律地位,不能且不应作为货币在市场上流通使用。)
上述した記事のニュアンスとはやや異なるように感じますが、ビットコインは「仮想財産」であり「貨幣」ではないという枠組みは、今回の判決にも反映されているようです。
こうした経緯を追ってみると、今回の判決で新たな判断が出されたというよりも、これまでの政府の方針を踏まえたうえで、あらためてビットコインを「貨幣」とは認めず、「ネット上の仮想財産」としての見解を示した判決だということがうかがえますね。
ちなみに、「仮想通貨」と「ブロックチェーン」を政策的に分けて捉える中国の「币链分离」という考え方については、以下の阿悉さんの記事が参考になります。
ちなみに、「人民日報」のニュースサイト「人民网」では今回の判決について、地元紙の「浙江日报」の記事を転載する形で、請求が棄却されたというポイントのみが報じられています。
この記事では、今回の裁判が当該裁判所が受理した「初めてのビットコインというネット財産の権利を争う案件(首例涉比特币网络财产侵权纠纷案件)」だったことに言及していますが、ビットコインの財産性に関する部分については、これ以上のことには特に触れていません。
このあたり、今の中国政府の姿勢がにじんでいるということもできるかもしれません。
今回の判決を示した裁判所は、日本語記事の見出しでは「中国ネット裁判所」とありました。
記事の中ではもう少し具体的に「杭州インターネット裁判所(法院)」とありましたが、正式には「杭州互联网法院」というところが出した判決です。
「インターネット裁判所(互联网法院)」については、2018年9月に施行された「最高人民法院のインターネット裁判所の審理案件の若干の問題に関する規定(最高人民法院关于互联网法院审理案件若干问题的规定)」によって、裁判所としての位置づけや取り扱う案件などが規定されています。
規定によれば、現在、中国には杭州以外に、北京と広州に「インターネット裁判所」が開設されていて、それぞれの管轄行政区域の「基层人民法院(いわゆる「一審」を扱う裁判所)」に持ち込まれた以下の案件を取り扱うことになっています。
(一)イーコマースプラットフォームあるいはネットショッピングの契約に関する紛争
(二)インターネット上で完結するインターネットサービスの契約などに関する紛争
(三)インターネット上で完結する金融の貸付や少額融資の契約に関する紛争
(四)インターネット上に初めて発表した作品の著作権あるいは著作隣接権の権利に関する紛争
(五)インターネット上で、ネット上に発表あるいは配信された作品の著作権あるいは著作隣接権が侵害されたことで発生した紛争
(六)インターネットドメインの権利所属や権利侵害に関する紛争
(七)インターネット上の他人の人身権や財産権などの民事収益に関する紛争
(八)イーコマースプラットフォームで購入した商品に欠陥があり、他社の人身や財産権益を侵害したことによる、商品の商品責任に関する紛争
(九)検察機関が提起したインターネット公益訴訟案件
(十)行政機関がネット情報サービス管理やインターネット商品取引、およびサービス管理などの行政行為を行なうことによって生じる行政紛争
(十一)上級裁判所により管轄を指定されたその他のインターネットに関わる民事や行政案件
((一)通过电子商务平台签订或者履行网络购物合同而产生的纠纷;
(二)签订、履行行为均在互联网上完成的网络服务合同纠纷;
(三)签订、履行行为均在互联网上完成的金融借款合同纠纷、小额借款合同纠纷;
(四)在互联网上首次发表作品的著作权或者邻接权权属纠纷;
(五)在互联网上侵害在线发表或者传播作品的著作权或者邻接权而产生的纠纷;
(六)互联网域名权属、侵权及合同纠纷;
(七)在互联网上侵害他人人身权、财产权等民事权益而产生的纠纷;
(八)通过电子商务平台购买的产品,因存在产品缺陷,侵害他人人身、财产权益而产生的产品责任纠纷;
(九)检察机关提起的互联网公益诉讼案件;
(十)因行政机关作出互联网信息服务管理、互联网商品交易及有关服务管理等行政行为而产生的行政纠纷;
(十一)上级人民法院指定管辖的其他互联网民事、行政案件。)
長くなってしまいましたが、一般的な訴訟案件のなかでも、インターネットに関わる案件を専門に審理する裁判所であることがわかりますね。
また、取り扱う案件がインターネットに関わることであるということだけではなく、一切の審理がネット上で完結するというところにも特徴があるようです。
このあたりについては、以下のJETROの記事のように、日本語情報がいくつも上がっていますので、興味のある方は検索してみてください。
こうした特徴も含めて、一見すると特殊な裁判所のようにも見えますが、裁判のプロセスとしては、いわゆる「一審」にあたる審理をおこなう場所として「インターネット裁判所」は位置づけられています。
ですので、今回の判決は今後の中国における「仮想通貨」をめぐる判例のひとつになっていくのかな…と思います。
ただ、もちろん、上にも書きましたとおり、今回の判決は「仮想通貨」に対して特に新しい見解を示したものではないともいえるので、今後の影響力という点では、これからの動きを見守るということ以上のことは言えないかなと思います。
今回のニュースについては、判決の原文を確認することができなかったので、ソースの確認としては不十分ですが、現地情報から見えることもあったかなと思います。
裁判所の法的な位置づけや今回の判決の法的背景については、現地情報から辿っていかないとわからない部分ですね。
とりわけ、中国をはじめとする中華圏の情報は日本語情報ではもちろん、英語情報でもなかなかフォローされない部分もあるので、少しでもフォローの範囲を広げることができればいいかなと思います。
これからも、こうした情報をコツコツと拾いながらソースの確認を進めていきたいと思います!