人と関わるには心のエネルギーが必要だ。その消費量は人によって違うのだろう。人見知りなわたしの場合、ちょっとした日常生活の動作においても心のエネルギーをかなり使ってしまうことがある。
ごみを捨てに行く。社会性を十分に備えた人たちには取るに足りないこの行為も、わたしにとっては『はじめてのおつかい』と同じくらいの冒険となる。ごみを捨てること自体に必ずしも嫌悪はない。問題はごみ捨て場までの間に知らない人と出会ってしまう恐れがあることだ。できれば他人と顔を合わせたくない。挨拶を交わすべきかどうか、それを考えるだけで心のエネルギーを消費してしまう。果たして誰にも会うことなく、ごみを捨てることができるのか。気分は『ミッション・インポッシブル』のトム・クルーズである。
部屋からごみ捨て場まで直線距離にすればおよそ70m。ただ、それは物理的に決して平坦な道のりではない。平屋の戸建て住宅ではなく高層の集合住宅に住む者にとって、目的地へたどり着くためにはエレベーターか階段を利用する必要が出てくる。エレベーターの場合、途中の階で誰かが乗り込んでくる不運をみずからの意思で回避することは事実上不可能だ。したがって、ルートの選択肢はおのずと階段に限られることになる。しかし、階段も決して安全とは言えない。踊り場ごとに足音を確認する。仮に階段を利用する人の気配を察知した場合、すばやく途中の階に退避して身を潜めなければならない。真冬なのに脇の下から汗がつたうのを感じる。
誰にも見咎められることなくミッションを成功したときの爽快感は格別だ。階段の上り下りでカロリーを消費した喜びもある。しかし一方で、ごみを捨てるという些細な出来事に心のエネルギーを費やす自分を情けなく思わないでもない。いずれにしても、人見知りにとって世を生き抜くというのは結構大変なことである。