河合隼雄と楠木建は、分野も世代も異なるとはいえ、ふたりの価値観には共通点があるように思う。個別対応、臨機応変、ケースバイケース。臨床心理学にも、競争戦略にも、誰にでも、どの会社にも、普遍的に当てはまるウルトラCや飛び道具的な解は存在しない。「どうしたら子どもを勉強する気にさせられるでしょうか」、「どうしたら当社は他社よりも成長できるでしょうか」。それに対する正解を期待して、ふたりの書籍を手に取ったとしても、残念ながら読者は裏切られるだけである。対峙する人間、取り巻く環境に応じて、個別に対応していくほかない。
ドラッグストア業界において、ウエルシアがトップ級の地位にあるのは、積極的なM&Aによる規模の拡大だけが理由ではないように思う。いわゆる標準的な店舗フォーマットによる出店ではなく、その地域に住む人たちの声を取り入れた店舗レイアウトや商品の品揃えが評価されていると感じた。
ウェルシアを取り上げた記事にもこう書いてある。「地域に欠かせないプラットフォームになるために、店舗で扱う商品について店長の裁量を大きくしているのも特徴。店舗によっては、肌着などの衣類まで扱う。『近所のスーパーが閉店してしまい、肌着を買えなくなった』という客の声を受けてのことだ」。
IR説明会で池野会長も言っていた。「他のドラッグストア やスーパー、コンビニのことばかりを考えていると、同質化のうねりに飲み込まれてしまう。目の前のお客さんにとって何が必要なのか、それだけを考えるように社員には伝えている」。
「以差別化不戦而勝」(差別化を以て戦わずして勝つ)。ウエルシアの社訓は、たんに社内の一隅を飾るオブジェではなく、店舗づくりの公理として現場にしっかりと根づいているとの印象を受けた。差別化の源泉は、顧客の声に耳を傾け、みずから考え抜くことによって自ずと生まれると考えているのだろう。
一方で、地域ごとに店舗をカスタマイズすれば、差別化には繋がるかもしれないが、標準的な店舗フォーマットによる出店に比べて、コストはかかってしまうように思われる。前期の営業利益率を見てみると、トップを争うツルハが5.3%、マツモトキヨシが6.3%に対して、ウエルシアは3.7%。ウエルシアは調剤薬局に強みを持つだけに、薬剤師などの人件費負担も相対的に重いのかもしれない。オペレーションの効率化によって販管費率を改善する余地はありそうだ。
年始早々のIR説明会は200人ほどの参加者で賑わった。3月期決算を導入する日本企業の第3四半期(10-12月期)決算が、1月の後半から本格的に始まる。正月の気分がようやく抜け始めたこの時期なら、まだ投資家・アナリストにも時間的な余裕があって参加しやすい。説明会の開催タイミングにも、横並びの意識を廃し、目の前の市場参加者と対峙する姿勢が感じられる。