少し時間が空いてしまったが、企業分析における3つ目の視点を今回はお話ししたい。これまで紹介した2つの視点とは、1つ目が『市場の成長性を見極めること』(No. 27 )、2つ目が『業界内でのポジションを評価すること』(No. 29)であった。そして3つ目は、『企業における各事業の位置づけを捉えること』である。
「うちはこの事業一本で生きています」。そんな企業に3つ目の視点は不要である。市場の成長性と業界内でのポジションのみを分析すればよい。しかし、たいていの企業は複数の事業を手がけているだろう。それぞれの事業が企業にとってどのような位置づけにあるのか、有り体に言えば、コア事業なのか、ノンコア事業なのか、それを捉えるのが3つ目の視点である。
各事業の位置づけを捉えるとき、2つの切り口に意識を払ってみることをお勧めする。ひとつが『現在の位置』、そしてもうひとつが『これまでの変遷』とでも言えばいいのだろうか。もう少し感覚的に表現すれば、各事業の現在の状態を切り取って『静止画的に』捉えると同時に、それぞれの事業がこれまでどのように歩んできたかを『動画的に』理解するということである。
別に難しい話ではない。キヤノンのカメラ事業を3つ目の視点に沿って説明してみよう。
キヤノンは大きく分けて5つの事業を手がける。事務機、カメラ、プリンター、医療機器、産業機械。このうちカメラは事務機に次ぐ収益の柱である。祖業であるカメラは今でもキヤノンにとってコア事業と呼んでいい。実際に貢献度を見てみると、2019年12月期におけるカメラの売上高は4,668億円で全社売上高の13%。また、同期間の営業利益は482億円。全社の営業利益に占める比率は19%であった。ただし、営業利益にはインクジェットプリンターも含まれるので、カメラのみの利益構成比はもう少し小さいと考えるべきだろう。
勘のいい人はすぐに気づいただろうが、コア事業と呼ぶわりには収益への貢献度がそれほど大きいとはいえない。実際、電卓を弾いて「こんなものか」とわたしも少し驚いた。振り返ると、2000年代においてカメラはキヤノンの成長を間違いなく牽引する存在であった。キヤノンの最盛期である2007年12月期を見ると、カメラの売上高は1兆1,526億円、営業利益は3,074億円。全社業績に対する構成比は売上高で26%、営業利益では31%であった。隔世の感とはまさにこのことだ。
なぜ、キヤノンにおけるカメラ事業の位置づけがこれほど変化したか。外部要因なのか、それとも内部要因なのか。つまり、市場が縮小しているのか、シェアが落ちているのか、あるいはその両方なのか。ここで1つ目と2つ目の分析視点とつながってくることになる。3つの視点は独立別個の存在ではなく、互いに連関していることだけ付け加えておきたい。
3つの視点で分析すれば、企業が抱える課題にも自然と目は向くだろう。キヤノンの場合であれば、カメラ自体の収益性をいかに改善させるか、あるいはカメラ以外の新たな収益の柱をいかに育成するか、といった課題が想定されることは容易に想像できる。
企業分析に関するお話は以上である。かなり基礎的な内容なので、「当たり前」と思われる方も多いかもしれない。ただ、この「当たり前」が意外に実践できないのもまた事実であろう。
ここから先は番外編である。読み進めていただかなくても構わない。
キヤノンのカメラ事業が縮小している理由は、外部要因なのか、それとも内部要因なのかと先述した。変化の背景にある要因を分析する思考方法として、この『外部要因』と『内部要因』という二項対立的な考え方を覚えておいても損はない。キヤノンのカメラ事業が苦戦しているのは、デジタルカメラ市場の縮小、すなわち外部要因によるところが大きいであろう。ニコンやソニーのカメラ事業も同様に収益力を低下させており、ひとりキヤノンだけがネガティブというわけではない。つまり、内部要因ではないといえるだろう。
さらに加えるなら、もうひとつの二項対立的な思考方法として、『一過性要因』と『構造要因』という考え方も有効である。キヤノンのカメラ事業が苦戦している理由は外部要因として、それではなぜデジタルカメラ市場が縮小しているのか。それはスマホによるカメラ機能の代替、すなわち構造要因によるところが大きいと想定される。消費増税による買い控えで一時的に需要が減少しているわけではない。つまり、一過性要因ではないといえるだろう。
『外部要因』と『内部要因』、『一過性要因』と『構造要因』。この2軸を組み合わせることによって、企業に対する分析はさらに深みを増す。たとえば、日経新聞が報じる決算記事を読むとき、二項対立的な思考方法をぜひ思い起こしていただきたい。無味乾燥と思える文章にきっと立体感が生まれることだろう。