箱根駅伝で『三代目山の神』と呼ばれた神野大地は現在、プロランナーとして活動している。彼と所属契約を結んでいるのが、再生医療関連事業を手がける『セルソース』という会社だ。2019年10月に東証マザーズに上場したばかりの新星である。セルソースが神野大地のサポートを選んだのは、プロランナーとしてマラソンの世界へ果敢に挑む彼の姿を、再生医療の世界に挑戦する自社と重ね合わせたからだろう。また、そもそも再生医療はプロのアスリートが肘の治療に利用したことで注目されるようになったからかもしれない。
セルソースの主力事業は、再生医療に用いる『脂肪細胞由来幹細胞』の加工受託である。対象とする主な疾患領域は変形性膝関節症。簡単に言えば、患者から採取した脂肪組織を同社が幹細胞に加工し、それを医療機関が膝痛の患者に注射して治療する。2019年10月期の業績は売上高16億円、営業利益3.3億円。開発負担で創業赤字が続きやすいヘルスケア業界において、設立初年度の2016年10月期からずっと黒字を確保しているのは立派と言っていい。
再生医療関連の世界市場は2012年で3,400億円であったが、2020年は2兆1,000億円、そして2050年には53兆円まで成長すると予想されている。30年後の市場予測など全く当てにはならないが、日本のヘルスケア企業にとって最も魅力的な市場のひとつであることは間違いないだろう。
セルソースが対象とする変形性膝関節症に悩む人は意外に多い。国内の有病者数は実に2,530万人以上と推定され、60歳以上の男性の45%、女性の場合はなんと70%が膝にトラブルを抱えている。これまでの治療と言えば、軽度ならヒアルロン酸を注射する、重度なら人工関節に置き換える、このふたつの選択肢しかなかった。ところが実際にはその中間の症状を示す患者が多く、変形性膝関節症に対する治療の空白を埋める方法として、再生医療の潜在的な成長余地は非常に大きいとみられる。
すでに実績はある。脂肪由来幹細胞加工受託件数は累計で1,477件、提携している医療機関の数は296院。渋谷区渋谷一丁目、宮益坂を登った辺りに位置するおしゃれなラボを細胞培養の拠点として加工受託の実績を順調に積み上げている。
そもそもセルソースはなぜ再生医療関連に参入したのか。37歳の裙本理人(つまもとまさと)社長は神戸大学を卒業して住友商事に入社。趣味のトライアスロンで知り合った美容クリニックの山川雅之院長を通じて、脂肪由来幹細胞が持つポテンシャルを知り、同院長の協力を得ながら事業化へこぎつけたという。『イエス高須クリニック』を想起させる山川院長との奇縁はやや出来すぎと感じないでもないが、IR説明会における若き社長のプレゼンテーションはクリアで力強く、再生医療で世の中を変えたい真摯な思いがよく伝わってきた。総合商社の時代に再生医療関連の法規制に精通する機会を得て、しかもクリニック院長の知見をビジネスに変える才覚を持ち合わせたことが上場に繋がったのだろう。
セルソースは『変形性膝関節症の神』になりうるか、それとも再生医療の競合に飲み込まれるか。神野大地の今後と併せてパフォーマンスに注目したい。