最初に書いておきますが、私は「ドラゴン桜」のファンです。阿部寛さんは素敵な俳優さんです。ただし、塾講師としてドラゴン桜に書かれている勉強法を推奨は出来ません。書かれているような勉強法をしても(他のどんな勉強法をとっても)偏差値が最低だった生徒を1年間で東大に合格させることは100%不可能だからです。
もちろん、原作者の方も分かってみえると思います。原作者の三田紀房さんは明治大学の卒業生です。担当編集者の佐渡島庸平さんが東大文学部の出身だったことから「ドラゴン桜」を描き始めたそうです。
聞きかじりで実際に実証実験をやってもいません。面白おかしく描いて漫画が売れたらいいわけですから、そういう意味では大成功で尊敬できます。しかし、多くの受験生に誤った情報を流しているリスクは指摘しておかないと不合格通知を受け取って人生が狂ってしまう方も出てしまいます。
私は京都大学の受験指導専門でやってきた塾講師です。住んでいる場所が三重県のため東大は距離的に遠すぎて地元の「名古屋大学」か、近い「京都大学」をめざす生徒が多いわけです。私も名古屋大学に進学しました。
長年、京大受験生を指導してきた経験からお話します。京大を受験するような子は、ここ三重県北部で言うと地元の公立中学校(1学年100名程度)でトップ3くらいの子であることが大前提です。そして、地元では最難関の四日市高校に合格すること。その定員300名ほどの四日市高校で上位30位以内(つまり、上位1割以内)でないと京大を受けるのは諦めるのが普通です。
阪大、名大に合格したかったら50位くらい(つまり、上位15%)に入る必要があります。
校内順位だけでは安心できないので、過去問をやってみて正解率が65%(京大のボーダー)を超えて、河合や駿台の京大模試を受けて判定がA、B、Cくらいの子が受験を決意するのが普通です。それでも、倍率は3倍程度なので実際に合格するのは受験生の3割くらいとなります。
ここ三重県北部にも落ちこぼれが集まると言われる高校があります。そういう高校から京都大学に合格したという話は聞いたことがありません。このような現実を踏まえると「ドラゴン桜」に描かれているような底辺校から1年間の指導を受けて7人中5名が合格などというストーリーは100%ありえないと分かります。
実際、私の塾生の賢い子たちは「あんなのありえない!」と笑っております。もちろん、ありえない夢を語るのが漫画や映画の話なので売るためならアリだと思います。
私はアメリカで教師をしていたし、英検1級や通訳ガイドの国家試験に合格している塾講師です。それでも京大受験生の方には信用してもらえないので高校生に混じって京都大学を7回受けて成績開示をしてホームページに載せました。結果は得点獲得率が65%から82%の間を行ったり来たりでした。 京大の英語|高木教育センター (coocan.jp)
京都大学の最高点は総合点でしか公開されておりません。最高点は年度による変動がありますが80%程度です。各教科の最高点は推定するしかありませんが、おそらく8割程度だと思います。英語は英作文と和訳のみの年が多いので自己採点がほぼ不可能です。
それで、英作文や和訳を学校の先生や塾講師にしてもらうことになります。しかし、私は名古屋の7つの大規模予備校、塾、専門学校で14年間英語講師をさせてもらいましたが英検1級に合格している講師に出会ったことがありません。京大卒の講師に会ったこともありません。
文科省の調査によると高校の英語教員の準1級以上の割合は6割台。1級はおそらく2割台くらいと思われます。京大卒の教師でも合格平均点は7割台ですから医学部医学科をめざす子のボーダー8割超えの指導はできません。
このような厳しい現実を前にして、編集担当の方の勉強法を面白おかしくストーリーに仕立て上げても説得力がありません。
私は歌がうまいと言うと尾崎紀世彦さんを思い浮かべます。ご存知でしょうか?私がどんな指導を受けても尾崎さんのように歌えるようにはなりません。将棋がうまいと言えば藤井聡太さんでしょうか。ご存知ですよね。師匠を超えてしまったので、彼を指導できる人はいません。
受験業界では、京都大学医学部医学科に今春「飛び級」で入学した学生がいます。地元、名古屋の南山高校の林璃菜子さん。適切な指導を受けたら誰でも彼女のようになれると思うのは無理があるでしょう?
人は努力だけでは目標を達成できません。成功した人は自分の努力が全てと言いたいから「自己責任」と言う人が多いです。しかし、現実は良い遺伝子をもらい、良い環境に恵まれ、多くの人の助けがあってこその成功です。
日本人は「ゴルゴ13」のようなスパイナーが大好きです。一発必中の神業です。私は少林寺拳法の二段でアメリカではPEクラスでよく蹴りや突きの指導をさせてもらいました。こちらも一撃必殺というのが好まれる。
しかし、現実にケンカをすれば分かります。現実のケンカに近いプロレスを見れば分かります。筋肉隆々としたヘビー級にはどんな技を仕掛けても勝てません。
第二次世界大戦でも日本は「欲しがりません勝つまでは」と言って竹槍で機関銃に立ち向かう精神論が優勢でした。そして、敗北しました。
京都大学に合格するような子は本人の努力は当たり前ですが、それ以前に経済的に恵まれた両親の元に生まれる幸運がある。東大生や京大生の両親の平均収入は全体の平均よりずっと高いことは有名な事実です。
もちろん、遺伝は完全に解明されているわけではありません。また、経済的にめぐまれず予備校や塾を利用できなくても(あるいは、私立高校に通えなくても)本人の地頭の良さと努力である程度はカバー出来ます。
しかし、スタートラインが底辺状態なら1年で東大合格は絶対に無理です。
私はそれが現実だと言うだけではなくて、それで良いと思っています。美容師さんや料理人になるためには京都大学の学歴など必要ありません。アスリートや芸能人も学歴は仕事とほとんど関係ありません。
勉強で競争できないと悟ったら、別の道で生きる糧を得て行けばいい。私は受験指導以外の道では生きていけないと悟ったから今の仕事をしているだけです。京都大学は毎年3000人ほど合格できます。一流の美容師さんや料理人になる方が京大合格より難しい。
本気で京都大学に合格したかったら三重県一の公立高校である四日市高校の授業でも不適切です。実際、私の生徒は「学校の授業は役立たない」と言っています。もちろん、スタディサプリやトライの動画授業も不適切です。
なぜなら、そういう授業は「普通の生徒」に向かって行われているからです。メジャーリーグに行きたい生徒に草野球の技術を教えているようなものなので京都大学を受験する生徒にとっては退屈でしかないのです。
ですから、自分で教材を選び、自分のペースで勉強を進めるしかない。「ドラゴン桜」のように桜木先生の言いなりになるような生徒では合格の見込みはありません。万一、合格できても大学の授業にはついていけません。
「次、何をしたらいいんですか?」
とか
「宿題いっぱい出してください」
とか
「これをやったら確実に京大に合格できる。そんな方法を教えてください」
とか。
こういうタイプの方が旧帝に合格した人は、私の経験では一人もいない。自分で考えることが出来ない人は誰が教えてもダメなのです。
結局、予備校や塾の指導は以下の二択となる。
1,求めに応じて(無駄と知りつつ)「こうすれば合格できる」というプランを提示する。しかし、これは賢い子にはすぐバレる。
2,自分で考えて勉強している子が解けない場合、もっと良い解答がある場合にアドバイスする。こちらは賢い子が喜ぶ指導方法。
私は2を選択して指導させてもらっています。その結果、賢い子たちが集まってくれる塾となりました。
1を選択している塾は大勢集まるけれど大勢やめていく。経営的にどちらが良いというわけではありません。哲学の問題です。