自己責任じゃない!
目が覚めると、すぐに
「今日はどこかで融資が受けられるだろうか?」
と考えてしまう時期があった。
銀行の融資の人に
「個人塾は負け組。大規模塾が勝ち組」
と侮蔑のまなざしを向けられたこともあった。(その銀行は今月、阿下喜支店と大安支店が閉鎖になる。接客態度が悪いことで有名だった。あんな社員教育で生き残れるわけがない)
私が経営危機の中で生き残れたのは、半分は「運」。もう半分は「武器」があったからだ。武器というのは「名古屋大学卒」という学歴と「英検1級」という資格だ。ここ中京地区では名大の名声は塾業界では使える武器なのだ。
では、私は何故この武器を纏っているのか。若い頃は、自分の努力の成果だと信じてドヤ顔だった。しかし、今は両親のおかげだと感謝している。親が私に大学で学ぶ機会を与えてくれた。アメリカに渡るチャンスを与えてくれた。
世の中にはそういう愛情を受けられない人が多い。そういう機会やチャンスに恵まれない人も多い。そういう不運の人を日本では「自己責任」という言葉で片づけてしまう。病気や災害に見舞われてチャンスを失った人も多い。それも「自己責任」という言葉で片づけてしまう。
私も若い頃は、
「どんな逆境でも跳ね返す奴はいる。甘えるな!」
と、思っていた。しかし、本当にそうだろうか。
アメリカのユタ州ローガンでの生活が私の考え方を変えてくれた。帰国して塾を開業して痛感するのは日本の社会は「仁義なき戦い」らしいということ。私の塾が目障りと思ったライバル塾が近所を戸別訪問して
「あの塾はもうすぐつぶれる」
と、触れ回った。
塾の駐車場の備品が壊されたこともあった。
そういう時、何もできない。警察は証拠が無いと動いてくれないし、民事不介入。自己責任で対応するしかない。監視カメラを設置したり、つぶれないよう頑張るしかない。ご近所づきあいもクリスチャンの私に神社の協力金を求めてくるし、自治会を抜けるというと「ゴミが出せなくなる」と恫喝されるし、塾の授業に出れない自治会で欠席のまま地区理事を押し付けられる。
理不尽なことがあっても誰も手を貸してくれない。全て自己責任で処理することを求められる。そして、結果は悲惨だ。村八分のような状態に陥る。
日本の社会で生きるとは「戦い」だと思っている。ユタ州の生活はまったく違った。ローガンの日々の生活は「助け合い」だった。なぜ、こういう違いが生まれるのか。その理由は、ハッキリしている。
教会があるか否かの違いだ。
ユタ州では毎週日曜日の安息日に教会で人の生きる道を聖書にしたがって考える。学歴や資格より、人としての生き方が問われる。病気や災害で被害を受けた人に様々な助けの手を伸ばす人が尊敬される。寄付も盛んに行われる。
日本に生活していると「誰も助けてくれない」と感じる。すべて自己責任だ。しかし、ユタで生活していると「困ったら必ず誰かが手を貸してくれる」と確信して生きられる。日本では人の善意より悪意を感じることが多いが、ユタでは悪意より善意を感じることが多い。
日本で人気のある歴史的人物というと「織田信長」や「坂本龍馬」がよく挙がる。織田信長の時代は大航海時代で、南蛮人(スペイン人やポルトガル人)が日本にやってきていた。信長はそういう西洋の進んだ文化を学んで取り入れる柔軟性があった。
坂本龍馬の時代は、アメリカの黒船で明治維新が始まった。日本の憲法はドイツを模範としたし、フランス式の軍事教練を受けた。アメリカと不平等条約を結ばされ改正するため日本の近代化、つまり西洋化を進めた。
当時は日本人はとても謙虚だった。生き残りを賭けて外国から様々な“文明”を学んだ。ただ一つ、日本に根付かなかったのがキリスト教だ。江戸時代を通じて踏み絵や寺請制度などで徹底的に弾圧された。
しかし、キリスト教に含まれる人の生き方、哲学は人間生活にとても重要なものだと思う。今の日本に必要なものだと思う。現在、先進国と呼ばれている「アメリカ」「イギリス」「ドイツ」「フランス」「カナダ」「オーストラリア」など全てクリスチャンの国であることを考えて欲しい。
市民革命、産業革命を通して民主主義を育ててきたのはクリスチャンの哲学が根底にあったからだ。「人間は神様の前にみな平等」というのはクリスチャンの考え方。私の塾が40年間つぶれるずに来ているのも、酒を飲まない、喫煙しない、ギャンブルしない、姦淫しないというユタで学んだ教えのせいだと思っている。
私の塾は女子生徒が多いが、話をすると私が人畜無害だと感じるから安心しているのだと思う。女子生徒の動物的な危険を避ける勘はとても敏感で正確なのだ。特に賢い子のアンテナは精度が高い。
私が大金持ちなら、交通遺児の子供に会って希望するなら大学進学の援助をしてあげたい。日本の寄付や慈善事業の団体は信用できないので自分の足で歩いて自分の目で確認して直接手を貸してやりたい。
皆さんは「あしながおじさん」の制度が信用できますか?
2021年の日本は30年間続く不況の中。先進国の中で唯一の30年間賃金の上がらない国。中国や韓国に追いつかれ、追い抜かれつつある。日本の状況に絶望して有能なアスリート、芸術家、学者が海外に逃げてゆく。
戦国時代、明治維新、戦後のようなドラスティックな変化を起こさないと日本は生き残れないかもしれない。しかし、昨日の総選挙では自民党が圧勝して現状維持のようだ。野党もいつまで経っても非現実的な主張ばかり続けて国民の不満の受け皿になれない。
どうしたらいいのだろうか?