むかし、あるペットショップに売れ残ったマルチーズが一匹いました。
一緒に生まれた他のマルチーズは、どんどん売れていなくなりました。
3か月もすると残りは、マルチーズは一匹だけになってしまいました。
来る日も来る日も、お客さんは来るのですが、みんな別の犬を抱いて帰ります。
このマルチーズの前を通る子供たちは、いつもガラスをドンドン叩くので、このマルチーズは子供が嫌いになりました。
ペットショップにいる犬には名前がありません。このマルチーズはペットショップにいる間はこのマルチーズと呼ばれています。
春のバーゲンセールが終わっても、このマルチーズはペットショップにいました。
はじめは、6桁あった命の値段は、5桁に下げられました。
別のお店に送ろうという話が聞こえてきました。
このマルチーズは、ガラスの中にずっといたためかうれしいとか悲しいとか感じなくなっていました。
お客さんが前を通ってもしっぽを振ることもなく。ずっと一人で遊んでいました。
ペットショップの犬は、売れなかったらブリーダーにかえされるか、繁殖犬になってしまいます。ブリーダーに返されたら保健所に連れて行かれて殺処分になるかもしれません。
保健所での殺処分は、安楽死ではありません。機械の中に閉じ込められて二酸化炭素という人間が吐き出すものと同じものでいっぱいになった部屋で窒息死します。くるしみながら死ぬまで20分程です。
それから、燃やされます。20分で死ねなかった犬は、生きたまま燃えていきます。
このマルチーズは、だれから聞いたわけでもありませんが、それを知っていました。
この日もずっと一人遊びを続けていました。
夕方になり、夜になって、お店が閉店する頃になって、3人の人間がペットショップに入ってきました。
いつもと違って、小さな子供はいませんでした。
このマルチーズはちらっと見ただけで一人遊びを続けていました。
この3人は、家族の様でした。お父さんのような人がシュナウザーがいいなといっているのが聞こえてきました。
でも、とくにどんな犬が欲しいのか決めていなかったようでした。
ペットショップの店長さんは、いきなりこのマルチーズをガラスの部屋から出してお父さんに抱かせました。(なにもしらなさそうだし売れるかな...店長の心の声が聞こえてきました。)
このマルチーズは、長い間ペットショップにいたので、他の犬たちがお客さんに抱っこされるとペロペロなめるのをよくみていました。
そして、他の犬がそうしたように、同じようにお父さんの顔と腕をペロペロとなめました。
たったそれだけです。
ペットショップに入ってきた3人は、しばらく店長さんと話をしたあとで帰っていきました。
それから、毎日毎日一人遊びです。
さすがに、このマルチーズも悲しくなってきて、涙がたくさん出る様になってきました。
そして、もともとひどかった涙やけがもっとひどくなりました。
そんなある日の午後、前に来た3人がやってきました。
そして、このマルチーズは、捨てられるのかなと思いながら箱に入れられました。
しばらくして、箱が開くとそこはお父さんたちの家のようでした。
最初は怖くて震えていましたが、だんだんとここは自分の家なんだと思えるようになりました。
フードもくれますがいやなときは食べません。
そうすると、お父さんは、バナナをもってきて自分も食べながら、ちぎって僕にくれます。
そして食べ終わると、バナナの皮を僕の背中に乗せるのです。
そのとき、ちょっと腹立ちますが、バナナを食わせてくれたので許してあげます。
僕、このマルチーズは、ラッキーという名前をもらいました。
名前の由来は、運転中にLUCKYという看板が目に入ったからだそうです。
今日も、バナナの皮を背負わされました。
いいかげんにしろよ。 おとうさん。