僕はネットワークの設計や構築の仕事を長くやってきて、今は仮想通貨取引所を保有している金融機関のネットワークやセキュリティの設計に携わっていたりします。でも一番長くいたのは、某コングロマリット企業の専用ネットワークを国内外まとめて統合していくというプロジェクトでした。そのネットワークには、金融、電力、情報通信、物流、重工業、などの様々な産業用ネットワークが多様な形で世界中に繋がっていました。そしてそのプロジェクトでの仕事をしているとき、2011年3月11日に、あの東日本大震災が起きました。僕たちが管理していたネットワークには、国内だけでも2000拠点くらいが繋がっていたのですが、監視装置が壊れたのかというくらいに大量の拠点との通信が途絶えました。そして通信が途切れた拠点の中には、原子力発電所もありました。
3.11のあの日、僕が痛感したことが2つあります。1つめは、インターネットも専用ネットワークも本質的には物理的なケーブルで繋がっている、ということです。2つめは、インターネットや専用ネットワークは、人の命を左右するインフラに既になっている、ということです。ネットワーク障害の切り分けや、復旧の優先順位を決めるために、海底ケーブルや人の命を考慮して対応することなんて、後にも先にもこの時だけでした。そしてこの時僕は、衛星インターネットがもっと安く高速で普及していたらなぁ、ということをぼんやり考えていました。なぜなら、携帯の3Gも4Gも繋がらない被災地の技術者の方と僕たちは、衛星電話を使って状況把握や切り分け対応をしていたからです。
平成も終わる2019年になった今、次世代ネットワークとして5Gの技術に期待が寄せられています。5Gの定義が曖昧すぎることも問題なのですが、リテラシーの高そうな方も口を揃えて5Gで全てのネットワーク課題が解決されて、大容量高速通信で自動運転や遠隔医療やVRやARが体験できる凄い未来がやってくる、と楽観的に煽っていることに対して大きな危惧を感じています。少し前に、ソフトバンクの携帯がかなりの広域で長時間通信できなくなった大きな障害がありました。原因は、無線通信システムを提供しているエリクソンのソフトウェアの問題でした。更にあの時日本以外でも、11か国で同時にエリクソンの無線通信システムを利用している国でネットワーク障害が起きました。現在、5Gの無線通信システムのコアネットワーク技術を持っている会社は、中国のファーウェイ、スウェーデンのエリクソン、フィンランドのノキアの実質3社です。これに、中国のZTE、韓国のサムソンが少しでもシェアを奪おうと頑張っている状況です。そして米中のテクノロジー戦争に巻き込まれる形で日本はファーウェイを使わない選択を、ぼんやりと決めてしまいました。現時点でも無線通信システムにおいてエリクソンとノキアに技術依存しているドコモとauとソフトバンクは、5Gになると更にこの2社への依存度が強まります。その結果、大きな障害を起こされても選択肢がないから文句も言えず使い続けるしかない状況は加速すると思います。ネットワーク業界にいて、ファーウェイの技術力の高さと影響力の大きさを日頃から感じていた僕からすると、5Gでファーウェイを一切使わないという選択は、突然日本政府がグーグルは個人情報勝手に抜いているらしい(証拠は別にないけど)からグーグルのサービス全部禁止にします、ってある日突然言われたような感じに近いです。自国の技術もなく、政治で歪められて最先端の技術も使えない5Gで自動運転や遠隔医療のような人の命と直結するものを、本当に任せられるのか僕はとても心配です。
インターネットというテクノロジーを構成する要素も随分変わってきました。国家と通信会社で作ってきたインターネットは、GAFAの寡占と独占が進み、中国は壁を作り、EUはGDPRで中国の後を追うように壁を作り始めました。なんだかんだでインターネットの中立性とバランスを保ってくれていたアメリカのFCC(アメリカ連邦通信委員会)もトランプ大統領になってからぶっ壊れ始めました。このままいくと、インターネットは3つの網に本当に分断する可能性すらあると思います。仮想通貨やブロックチェーン技術の前提の、インターネットがインターネットであり続けるという前提も、もしかすると覆ってしまう未来もあるかもしれないなぁ、と僕は最近考えています。
なんだか、暗い話ばかりしてしまいましたが僕が単純にワクワクしている次世代ネットワークがあり、それは衛星インターネットです。衛星インターネット自体は10年前くらいからあって、僕も衛星インターネットを使ったネットワークを一度構築したことがあります。その時は、某企業のとんでもない僻地の山の上にある研究施設と企業ネットワークを繋ぐために、衛星インターネットを利用しました。当時の衛星通信というのは、物凄く高いところにある静止衛星1台に対して通信を行うもので、その分距離による遅延が物凄くて、通信費用が異常に高いことと、大容量通信は全くできないことが問題で、実用レベルとは言い難いものでした。ただ、今期待されてる衛星インターネットというのは高度1000キロメートルくらいの低い軌道にアンテナつけた小型衛星を死ぬほどたくさん使い捨て小型ロケットで打ち込んで、地球を覆うようにメッシュ状のインターネット網を作るという構想です。
衛星インターネットは国家の制約や、地理的な制約も技術的には受けません。極端な話、エベレストの山頂から太平洋の真ん中でマグロ漁してる方とも、紛争中のシリアにいる方とも、アフリカのサバンナにいる方とも、簡単にビデオ通話ができます。そして、大地震などで社会インフラが麻痺してしまったり、戦争状態で情報封鎖されて孤立してる方たちでも、家族に生存確認の連絡をとりあったり、被害状況の報告やSOSの発信も簡単にできます。5Gで制御されてるネットワークがおかしくなった際のバックアップのネットワークになることもできます。社会インフラを担う産業用システムのディザスタリカバリ用のネットワークにも使えます。衛星インターネットは、僕たちのあらゆるライフラインになる可能性を秘めていて、そしてインターネットというテクノロジーを、本当の意味で民主化することができる可能性を持っていると僕は期待しています。
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