進化心理学・進化教育学をかじり初めまして、付け焼刃の知識ですが表題の考察を進めていければと考えています。
間違い・粗などありましたらご指摘していただけると嬉しいです。
○まず前提として……進化心理学の話
人の体・機能は自然環境・性選択などによって、個体の特徴が選別されることによって現在の形となりました(自然選択説)。
進化心理学とは、身体機能のみならず、心の機能についてもこの自然選択説を適用するものです。
人の心が持つ機能は長い年月の中で、様々な淘汰の結果として形作られているという考えを支持します。
○学校の学習は適応的か?
表題で「学習」と表現していますが、正確には「教科学習」です。
人のみならず様々な動物は「学習」を行います。
子猫は獲物で遊ぶことで狩りを学習し、鳥は親の羽ばたきをみて飛行を学習します。
では人が行う「学習」とはなんでしょうか。
人の子どもは親の会話から言語を習得し、周囲のコミュニケーションを模倣することで自らも集団での立ち回りを学習していきます。
これらは生存・繁殖に直結した能力であり、これらを積極的に学習することはその個体の適応度(子どもを残す確率)を高めます。
一方、学校で行う教科学習はいかがでしょうか。
進化心理学では人が最も長い時を過ごした先史時代、狩猟採集民だった頃に人の心は適応していると言われていますが、当然その頃に学校はなく、教科についての知識のありません。
その当時の「学習」は上記の動物と同様、生存・繁殖に直結する「獲物の狩り方」「食べ物の在処」「部族のルール」などであったと想像できます。
つまり学校での学習のうち、「教科学習の内容」について、我々の心は意欲的に学ぶようにはデザインされていないのではないでしょうか。
○次回
それではなぜ学校での学習について意欲的な人とそうでない人に分かれるのかについて記述できればと思います。
○現在調査中
上記のように私は「教科学習の内容は適応度に関わらないと、人の心は感じている」と考えているのですが、私を含め各教科が「好き!/楽しい!/もっと学びたい!」と感じたことのある方もいらっしゃると思います。
これらの感情はどういった形でデザインされたものなのか……なんとか調べていきたいです。











